11 進展

通信回線を一体何人の天使が通り過ぎたやら。

気まずい沈黙が流れる中、突如、りんの背後のドアが、バン、と音を立てて開いた。


「あんた、何してんだい!?」

「うわあああ、母さん!? ちょっと、出てって、出てってくれよ! 今、上橋かんばしさんと話してるんだから!」


片方だけ外したイヤホンの、耳に入ってる方からぼそりと「親フラだあ……」とあおいの声が聞こえた気がする。


「本当に? さっきから全然話し声聞こえなかったよ?」

「盗み聞きすんなー! 母さん、頼むから、出てって! 盗み聞きしないで!」


さすがにもう片方のイヤホンも外して、戸口に立つ母親の方に行き、ぎゅうぎゅうと押し出そうとりんこころみる。


あおいさん? この意気地いくじなしにはぐいぐい行くといいよ〜!」

「余計なお世話だー!」


あおいに聞かせようと声を張った母親を、りんは無理やり部屋から追い出して、ドアを閉めた。

八割方心労でぜえぜえと息を切らせながら、りんは再度イヤホンマイクを装着する。


上橋かんばしさん、すみません……母の事は無視してください」

「思っていた以上に、ぱ、パワフルな、方ですね……」


どこまで聞こえてたか、その確認をするのが怖すぎて、あえてりんはそこをスルーする。

ただ、あおいの声が震えているように感じた。おもに笑いをこらえているせいの震えを。


「ええと、どこまで話しましたっけ……母さんのせいで飛んだ……」

「……私はですね、只木ししきさんがどう思いながらこれを書いてるんだろうっていうのが、知りたかったんですよ。只木ししきさんの作品がそのジャンルにおいて魅力的であるのは、コメントの状況見れば、わかりますし、物語としての話型も、なんとなくわかったので、書けるかなって、ちょっと思い上がりました」


至極しごく真面目まじめあおいの言葉に、りんの背筋が思わず伸びた。


「……すみません」


りんの沈黙を否定と受け取ったらしいあおいの謝罪の言葉に、りんは慌てて口を開く。


「いえ、上橋かんばしさん、謝らないでください。俺も、似たようなもんです。上橋かんばしさん、どう思って、これ書いてるんだろうって……要素だけ抜けば、使った事ある要素も、あったし、いけるかなって……俺も、思い上がりました」


また、二人の間に沈黙が降りる。

りんは、対面だったら、こんな事、ここまではっきりと言えなかったと、熱く感じる耳から思う。

だって、まるで、これでは――


「……さん」

「っ!?」


出し抜けに、あおいから名前で呼ばれて、りんはぎょっとする。

少しの間を置いて、あおいが気まずそうに続ける。


「そう、お呼びしても、いいですか?」

「それは……さんが、いいなら……」


フェアじゃない、と思って、少しのいたずら心でりんあおいの名を呼ぶと、彼女が息を呑む音がした。

同時に、やっぱりお互い、先ほどの書いた理由が、告白じみていた事を自覚し、対面でなかった事に安堵あんどする。

――もしも、恋が、相手を知りたいという欲から、始まるならば。


「……ええと、で、相談なんですけど。コメント欄、どうしましょうね?」

「あ……そうですよね……私も、ちょっとどうしようかなーとは、思ってて……」


とはいえ、まずは目下のファン達の阿鼻叫喚の沈静化だ。

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