10 砂糖漬けにされたファン達と焼け出されたファン達、そして犯人達


数日後――

りんあおいは、ただ「知りたい」を原動力に、互いに互いのメインジャンルに属する短編を、しくもほぼ同時に書き上げ、そして投稿した。


結果、発生したのは――



北狄ほくてき!? 俺達の北狄ほくてきだよな!?〉

〈n杯目のブラックコーヒー、おいちい(現実逃避)。なおカフェインの胃打撃ヤバい〉

アカ乗っ取りじゃないよな!?〉

〈↑↑&↑それはな、日記機能の方見ろ。マジだ……脳の中にダイナマイトでも仕込まれたのか……?〉

〈くーちかーらさーとうーがざーらざら〉

〈↑ごっくんしなさ……胸焼けするな〉




〈ぴゃああああ!? 六条ろくじょうさん何があったのー!?!?〉

〈ドウシテ……ドウシテ……〉

〈日記機能で初めて書きましたって言ってるから、乗っ取りで、ない、だと……〉

〈↑乗っ取りであって欲しかった(真顔)〉

〈内容はアレなのに、文体がいつもの六条ろくじょう姫だから、食べられちゃう……〉

〈↑わかる……食べれちゃう。けど、消化できない……ヨーロッパの人にとっての海藻、みたいな〉

〈六条さん……あくまでテストだよね……? ジャンル移行、するわけ、ない、よね……?〉



ファンによる阿鼻叫喚のコメントという反応だった。


同時に、二人はこっそり互いのアカウントをチェックし、この有り様を確認して、それぞれ別の場所で互いに頭をかかえた。


――これはたぶん、きっと、おそらく、


――俺の

――私の


――せいだ。


そしてすぐに、メッセージアプリで先手を打ったのはりんだった。


上橋かんばしさん、直近、空いてる日って、ありますか? デート……とかそういうわけではなくて、通話とかでも全然いいんですけど』

『あ、はい。丁度こちらもお話したいことがありまして……月末月初だと忙しいんですけど、ちょうど今中旬なので、結構自由ききます』


と、まあコメント欄を阿鼻叫喚に突き落とした当の犯人達は、そんなこんなで金曜日の夜間帯にメッセージアプリで通話をこころみる事になった。



「えーと、上橋かんばしさん、聞こえてます?」

「あ、はい、聞こえてます」


マイク付きイヤホンからあおいの声がりんの耳に届く。

なお、りんは部屋のドアに「開けるな」と書いた紙を貼っているが、そのせいで恐らく母親がドアの前で象のようにした耳をそばだてている気がする。


「こんばんは、すみません。こんな時間に」

「いえ、繁忙期ではないので……全然大丈夫です」


それから、しばらく沈黙が降り、次に口を開いたのはりんだった。


「ええと、約束を破るようで申し訳ないんですが」

「は、はい」


通話越しですら、あおいの声があからさまに緊張感をびた。


「……俺、ペンネームは【北狄ほくてき】です。上橋かんばしさん、たぶん、俺の作品、読まれましたよね」


イヤホン越しに、あおいが息を呑む音がした。


「いや、そもそもヒントを出しあった時点で、読まれる可能性は、ゼロではなくなっていたので、とがめる気はまったくないんですけど……」

「……私のペンネームは【あがり 六条ろくじょう】です。只木ししきさんも、私の作品、読まれました、よね?」


あおい萎縮いしゅくしないよう、りんとがめる気がないと言うと、今度はあおいの方から、ペンネームバラしがあった。

互いに互いの正体を確信した上で、りんは思わず問いを口にする。


上橋かんばしさん、どうしてNTRネタなんて、書いたんですか?」

「ええと……それは、只木ししきさんもそうではないですか? どうして、溺愛ネタなんて、書いたんですか?」


困惑気味のあおいの言葉に、りんりんで言葉に詰まる。

質問を質問で返すな、というのは簡単だが、互いに言ってることは大体同じだ。


――どうして自分の領分からはみ出して、相手の領分に踏み込んだのか。

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