9 脳を焼かれた葵さん


――中華思想といえば、自身を中央とし、周囲を蛮族とする考え。

――それを東西南北に分けた場合、黒、すなわち北は、北狄ほくてき


そんな考えで【北狄ほくてき】なるユーザを検索し、そのプロフィールの一覧に並んでいた作品を、すっかり引き込まれて読み終えて――


「は……ひゅう」


あおいは熱くなった顔のまま、ため息をついた。


そりゃあ、あおいだって、いわゆるオタクだし、そもそもりんと同じ小説投稿サイトに登録しているし。

だから、そもそもNTRという、そういうジャンルを、今まで見かけた事自体はあった。


――ただ、摂取していなかった、だけで。


「あ、あああ」


頬が熱い。一旦スマホを置いて、顔を手でおおう。

今、外から自分が見られたら、確実に顔か頭から湯気が出ている自信すらあおいにはある。

りんがこんな小説を書いてるなんて、それは確かにはっきりと知らせるのを躊躇ためらう事に、あおいは納得できる。


男性向けなせいか、ややあけすけなきわどい描写。

それでも、出てくる女性が可愛らしく魅力的である、というのがわかる描写。

そして、反面、そんな女性の一部が倫理をおかし、主人公側のたくらみによって、相手と共に奈落に落ちていく描写。


そうした物語に対する赤面と興奮の裏で、あおいの大学時代のスイッチが入る。


「……稀有けうな事例だからこそ、語られて残る。だから『オデュッセイア』のペーネロペーや、それに類似した昔話の貞淑ていしゅくな事例よりも、現代でリアリティがあるんだ」


自然と、物語の解析結果があおいの口からこぼれ落ちる。


「……ハーレムに落ち着くパターンは、あれかな、難題婿なんだいむこの系譜……この場合、難題がNTRと、それに対するざまあ、あるいはそれまでのあつかいになるんだ」


かちかちと、立体パズルを組むように、あおいの思考が話型のセオリーをなぞってかたどっていく。


「……ううん、ハーレムじゃなくても、元の彼女より、こういうとアレだけど、グレードの高い彼女ができるのは、やっぱりそういうことだよね。。でも、それじゃあ、主人公側は失ったものを補填ほてんしただけでしかない」


顔をおおっていた手を下ろした時には、あおいの顔はひどく冷静な表情になっていた。

一旦置いたスマホのふちを、かつかつと爪で叩きながら、あおいは解析を進める。


「相手の負の行動は、主人公がむくわれるだけでは。だから、ざまあでそれまでの代償を払わせることになるんだ……キャラへのヘイト管理が、難しそう……ううん、題材が題材だから、に突き抜けさせればいいのかな。下半身に、脳がついてる的な」


そうした解析が必要なのかどうか、というそもそも論をツッコミに来る人間は一人とていない。

覚えた興奮さえ、解析の燃料へと変えて、あおいはとにかく思考する。


「……こういうのが、只木ししきさん、好き、なんだよね」


知りたい。

解析は、単なる解析にしか過ぎない。だから、ではない。

であれば――


只木ししきさんが、どんなつもりで書いてるのか、知るには――」


一番手っ取り早い手は、あおい自身が、このジャンルを書き上げることだ。


だから、あおいは机の上に置いたスマホを手にして、【あがり 六条ろくじょう】のユーザページを開き、小説執筆画面を立ち上げた。

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