8 砂糖を吐き出す麟


――『源氏物語』のあおいうえが元ネタ。

――その上でをきかせている。


父親から回答にほど近い切符をもらったりんは、この年で母親に叱られるほどの勢いで夕飯をかっこんで、即座に自室に戻ると、スマホの検索エンジンに「あおいうえ」と放り込んだ。

その結果から抽出できる、ペンネームに使えそうなキーワードは――


夕霧ゆうぎりか、六条御息所ろくじょうのみやすどころ……?」


そう考えてまずは「夕霧ゆうぎり」で小説投稿サイトのユーザ検索をかけてみると、とんでもない量が出てきた。


「……これは、さすがに、ない、か」


こんな大量にある名前だったら、真面目にヒントを出した自分がバカかもしれない。

が、りんの直感はあおいはそんなことをするような子ではない、と叫ぶ。

となると、もう一つのキーワード。


「あれ……」


と、いさんで「六条御息所ろくじょうのみやすどころ」を入れてみたが、結果はゼロ。

まあ、「六条御息所ろくじょうのみやすどころ」はさすがに長いもんな、とりんは思う。

となれば、である。


六条ろくじょう……?」


名前として機能しておかしくないワードの区切りはそこだ。

そう考えて、りんは「六条ろくじょう」でユーザ検索をかける。


出てきた結果は四件ほど。

六条ろくじょう」のみのユーザが一件、「六条ろくじょう」を姓に使ったユーザが二件。

そして、「あがり 六条ろくじょう」というユーザが、一件。


本名のあおいに絡めて、『源氏物語』の「あおいうえ」、あおいうえ因縁いんねんのできる「六条御息所ろくじょうのみやすどころ」。

その二人のヒロインの名を合わせた結果のペンネームとして、「あがり 六条ろくじょう」という名前は、完成されたものにりんには見えた。


だから、りんは自然と、その【あがり 六条ろくじょう】なるユーザのプロフィールに飛んで、そこにある小説を開いて、読んで、読みふけって――


「あ、あ、あまあーい!!」


思わず、懐かしの某お笑い芸人のネタのごとく、りんは絶叫した。

これは、あれだ、いわゆるところの、溺愛できあいというジャンルだ。

今まで、ちょいちょい視界の端から、そういうジャンルがある事はりんも知っていた。


だが、ある事を知っていただけだ。

口から砂糖が出る、とか、無限にブラックコーヒー飲める、とか、永遠に幸せに爆発しろ、とか、そんな考えがりんの脳内を縦横無尽に飛びう。


無邪気に無自覚に誰かの大切となりうる愛らしいヒロイン。

そのヒロインに心をかたむけ、心をくだき、時には非道に寄った手段すらもって、ヒロインの障害や、自身とヒロインの恋路の障害をぶち壊していくヒーロー。

その二人に発生するすれ違いすら、それはカラメルの苦みのように甘さを増す要素でしかない。


りんの脳内が落ち着いてから、あらためてこれをあおいが書いたという事実に行き当たる。


「……上橋かんばしさん、こういうの、好き、なんだ」


どうして、好きなんだろう。

どうして、書いてるんだろう。

じっと、りんはスマホの画面を見て考える。

考える、けれど。


「……自身の価値に無自覚、とか、場合によってはざまあになる、とか、執着と紙一重、とか、要素ごとには、近いところ、ある、かな?」


百聞ひゃくぶんは一見にかず、百見ひゃっけん一考いっこうに如かず。

――さらば、百考ひゃっこう一行いっこうかず。


聞くは見るに及ばず、見るは考えるに及ばず、考えるはおこなうに及ばず、であれば。


上橋かんばしさんは、どんなつもりで書いてるんだろう……?」


りん自身が書いてみなければ、わかるはずもないのだ。


だから、りんは机の上のノートパソコンを起ち上げ、すぐにブラウザに入って【北狄ほくてき】のユーザページを開き、小説執筆画面を立ち上げた。

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