5 さすがに直に言えはしない

「はへ?」


真っ赤になったままのあおいの唇から、そんな気の抜けた声がこぼれ落ちた。

一方、りんの頭の中は、やっちまった、やっちまった、わっしょい、わっしょいのお祭り騒ぎである。耳が熱く感じるので、真っ赤になってなかろうか。


「し、只木ししきさんも、お、おおおお、お書きになら、なられるのですか……?」


互いに頭がショートしそうなのは、顔を見れば手に取るようにわかる。

そんな中で、大いに舌をもつれさせながら、あおいが確認するように、問いを口にした。


「え、ええ、まあ、つたない、ものではありますが……」


もうここまで来たら、りんとしても、ええいままよ、と腹をくくる。

だがしかし、あおいは文学部卒だ。

しがない情報系学部卒のりんなぞと比べれば、絶対に文才の面で勝ち目はない気がする。


「あ、わ、私、リアルで、その、そういう、小説書いてる方と、なかなか、出会うことなんてなくて……」


ごそごそとハンドバッグから出したハンカチであおいが目元にまった涙をぬぐう。

そのほんのり赤く染まった目元が、少し色っぽいな、などと考えた自分をりんは猛省する。


「いや、それは、俺も、なかなか……」


そうりんが苦笑して返して、そしてまた沈黙が降りた。

どれだけ自由に飛びっているというのだ、天使は、などとも思うが、それ以上にさっきまでよりも沈黙の質が変わっていることにりんは気付く。


――このままいったら、アカウントをバラさなくてはならない流れでは?

――それは、さすがに、ヤバい。


そして、たぶん、あおいも同じ事を思っているのか、顔色が赤くなったり、青くなったりを繰り返している。


「ええと、サイトはK……だったり、します?」


取り急ぎ、さぐりでりんがメインで使っている小説投稿サイトを口にすると、あおいはまだ顔色をカメレオンかヒョウモンダコのように変えながら、こっくりとうなずく。


となると、互いに気づかぬ内にどこかでサイト内ですれ違っていたりもするかもしれない。レビューとか、コメントとか。


そう考えていると、単なるお見合いのはずなのに、次にどっちがどう先手を打つかで、りんあおいの場は息が詰まるほどに張り詰めていた。


――ペンネームないしハンドルネームは。


そんな一言が、りんはとても恐ろしかったし、あおいも恐ろしいに違いない。


何せ互いに趣味である。

職業作家なら、何を書いてたって、ある種ごまかしはきくのだ。

趣味ということは、自身の好みを自身の思うままに、山と盛ることができる――結果として、そこから嗜好しこうが大いにれ出すし、作品と作者が別であるとしても、その乖離かいりの程度は読者には見えない、作者のさじ加減でしかない。


じりじりと両者の思わくが拮抗きっこうする沈黙に、先手を打ったのは――


「あの」


再び涙目になっているあおいだった。


「ヒント、だけ、交換しませんか? ペンネームの」

「……ヒント?」


りんの聞き返しに、こくこくとあおいうなずく。

確かに、互いに引っ込みがつかなくなった今、一番いい線引きかもしれない、とりんも冷静でない頭で判断して、その提案に乗ることにした。


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