6 麟の推理(?)


「だああ……疲れた……」


帰宅し、さすがにスーツはシワにならないようにしてから、りんはベッドに飛び込んだ。

いや、別にあおいとの会話はリアルweb作家ショックのあの時が一番の緊張のピークで、その後の会話は全然苦にはならなかった。

一応メッセージアプリの連絡先まで交換はしている。


それよりも、帰りの途上で母親に、どうだったのか、いけそうなのか、と鼻息荒くぎ回られた方がりんにとってはストレスだった。


――ちょっと今日は執筆無理かも。


そう思いながら、りんはスマホで例の小説投稿サイトへと繋ぐ。


――互いのペンネームのヒントの交換。

――ただし、わかったとしても、直接確認はしないこと。


そんな条件の元、あおいから提示されたヒントは二つ。


――一つ、それそのものではないが、彼女の本名に絡んでいる。

――二つ、超有名な、中学生でもわかるレベルの文学作品に絡めている。ただし、がある。


中学生でもわかるレベルの文学作品、というなら、宮沢賢治や夏目漱石、だろうか。

だが、そこに【上橋かんばし あおい】の名に絡められるところはない、と思う。


サイトの検索欄にカーソルを入れ、りんは思考する。


中学生でもわかるレベル。

文学とあえて言うのだから、教科書では大体単発でる和歌や俳句は除外していいだろう。

じゃあ、他には何があったか。


「あー……教科書とっとけば良かった……」


『竹取物語』や『方丈記』あたりは出だしを暗唱させられた記憶がりんにはある。

他に何があるだろうか。

そのまま、ベッドに寝転がり、スマホを握ってどれだけうなっていただろう。

階下から、母親に夕飯、と呼ばれてしまった。


とたとたと階段を降り、りんは食卓に足を運び、席に着く。今日の夕飯は豚肉の生姜しょうが焼きだった。

父親と母親もそろって、いただきます、と言ってから生姜しょうが焼きを口に運んで、ふと、ズルかなと思いつつも、りんは口を開く。


「なあ、母さん」

「ん? なんだい? あおいさん、良い子だろ?」


すきあらばな母親に、父親がたしなめるような視線を向けている。

ここで口頭で言わないあたり、りんと父親は似ている。ヘタレという点で。


「いや、それはそうだけど、あおいで有名な古典文学っつったら、何かなって」


とりあえずは手慣れた手法で母親の言葉を流してから、りんが口にした問いに、母親だけでなく、父親まできょとんとしている。


「何を急に言ってんの、あんた」

「いや、その、上橋かんばしさんと、ちょっと、なんつーの、謎かけ……みたいなことしててさ」

「はあ……そりゃ、お前、アレだろ」


父親からの声まで、ちょっとあきれている気がする。

というか、答えを教える前にわざわざ口に肉と米を放り込んで、もごもごしてもったいぶらないで欲しい、とりんは思う。

そして、咀嚼そしゃくし終えたご飯をごくり、と飲み込んだ父親が口を開いた。


「『源氏物語』のあおいうえだろ」

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