4 カミングアウト

美月みつきの進行の流れに身を任せていると、美月みつきは早々にりんの母親とあおいの母親を連れて、「後は若い二人でごゆっくり〜」とのたまって去っていった。

その背を見送るに、少なくとも、互いの母親間の相性はどうやら悪くないらしい。


「あ、あの」


うわずっているあおいの声で、りんは母親の背から彼女へと視線を向けた。

思わず嵐が去ったような感覚をりんは覚えていたが、実際のところはこれからが嵐の本番だと、慌てて気を取り直す。

とはいえ、目の前の彼女――あおいは嵐などにあったら、たちまちに散ってしまう桜のような、控えめな印象だけれど。


「あ、ええと、その、母が図々しくて、申し訳なく……」

「い、いえ、その母が図々しいのは、その、私の方も、なので……ええと、お互い様、ということで……」


控えめに苦笑するあおいにつられてりんも苦笑する。

それから、互いに真顔に戻って、しばらく沈黙が降りた。

小説を書く上での知識として、天使が通るUn ange passeなんて表現をりんは知ってはいるが、だからといって、そんなキザな言い回しを自分がするのは違う。絶対に、違う。


しかし、まあここは、りん自身が話を振るべきなのだろう。


「ええと……その、上橋かんばしさん、ご趣味とかって……」


そう、りんが話題を振ると、一瞬虚を突かれたような顔をしたあおいは、何故かすぐにわたわたと焦っているような表情をして視線をさまよわせ、しかし、その視線がすぐ一点に止まると覚悟を決めたように、りんの目を見つめた。

しかし、すぐには言葉を継がずに、躊躇ためらうと、ほんのりと照れたように頬を染める。

そんなあおいの百面相をじっとりんが見ていると、おずおずといったように、あおいがようやく口を開いた。


「あの、その、今時、珍しいことではないはず、だと思うのですけれど……」

「え、はい」


なんだろう。動画作成か、はたまた作曲か。

そんな呑気に構えつつ、りんは更に頬を染めるあおいの言葉を待つ。


「webで、小説を書いて、おります……お恥ずかしいですけれど……」


寝耳に水な言葉に、りんは黙ってぱちくりと瞬きをする事しかできなかった。


――いや、そんなんあるか? お見合いした両者が、webで小説を書いているなんて。


さすがのさすがに、同志、つまりNTR分野で書いていてこんなに堂々と言える女性はいなかろうし、分野は違うだろうけれど。


りんの沈黙を否定的に受け取ったのか、あっという間にあおいの顔はだったタコのようになってしまった。


「あ、あの、すみません、変な事を」

「え、あ、いや、そんな、変だなんて、そんなつもりではなくて、えっと」


おそらくは羞恥しゅうちの極地で、うっすら涙目にさえなっているあおいを見て、りんも大慌てであおいの考えを否定する。その勢いで――


「お、俺も、書いてますから!」


りんは、つい、ぽろりと、そう口走ってしまった。

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