3 お見合い当日

最寄り駅から更に五、六駅行った先のホテルのラウンジでスーツ姿のりんは緊張にさいなまれていた。

その横では、母親と話を持って来た「みっちゃん」こと、中井なかい美月みつきが談笑している。


他人事だと思いやがって、という気持ちはあるが、それはこれからやって来る向こうもそうかもしれないので、ただただ、りんは押し黙っている。


下手におばちゃんズトークにはさまってはいけない。かっさらわれて質問攻めに合うのがすじだ。

だから、りんは腰掛けた椅子と同化して、気配を消すにてっする。


「ああ、すみません、お待たせして〜」


そんな声をともなって、ぱたぱたと小走りに、りんの母親と同年代の女性がやってきた。向こう方の母親だろう。

おばちゃん同士の定型文的な挨拶の合間に一礼を入れてから、聞き流しつつ、向こうの母親の後ろに控えめに立っている女性に、りんは目を向ける。


釣書つりがきの写真を、そのまま大人びさせたような、ボブカットの女性がそこに立っている。

ベージュのノンカラージャケットに、胸元にパールビーズの飾りが揺れる淡い桜色のカットソー。

そして紺色の膝下丈のスカートと、やはり控えめではあるがセンスが良い。


見られているのに気がついたのか、彼女とりんの目がぱっちり合うと、一瞬慌てた様子と照れる様子を顔に見せ、それからひかえめに微笑んで、小さく一礼をしてくれた。

りんも慌てて小さく一礼を返す。

無礼なやつ、と思われていないかはちょっとばかり、心配ではあるが。


「とりあえず、座って座って」


仲人なこうどに当たる美月みつきうながされ、上橋かんばし家側も着席する。


「えーと、あおいさん、ゆかりさん、こちらの男性がね、只木ししきりんさん。このあたりだとちょっと有名なA会社の営業されてるの。で、こちらがりんさんのお母様の、只木ししき明美あけみさん」


美月みつきからの紹介に、りんは座ったまま、再度一礼をする。

母親の方は、一礼した後に口を開いた。


「この度はよろしくお願いいたします。といっても、うちのりんには勿体もったいないような、お可愛らしいお嬢様じゃあ、ありませんの〜」


母親が謎のよそ行き猫をぶあつかぶっているのが目に見えて、というか、耳で聞いてりんにはよくわかる。

普段電話に出る時よりも、ワントーンどころかツートーンぐらい声が上だ。ソプラノ歌手でも目指す気か。


対してめられたあおいの方は頬を赤らめて、うつむいてしまう。

やはり、やり過ぎだと思って、りんはテーブルの下で母親の足をつつくように蹴った。


りんの行動で母親の言葉が途切れた瞬間を見逃さず、美月みつきが今度は上橋かんばし家側の紹介に入る。


「で、りんさん、明美あけみさん。こちらのお嬢様が上橋かんばしあおいさん。B企業、と言えばもしかしたらりんさんはご存知かしら? あそこの経理事務をなさってるの。で、こちらがあおいさんのお母様の上橋かんばしゆかりさん」

「これも何かの御縁ごえんですし、末永すえながくつきあっていきたいですわね〜」


そんなのんびりしたゆかりの言葉に、一礼を終えた後のあおいが驚きとおそらくはツッコミをかかえた視線を向けたものだから、当然のごとく、りんは親近感を覚えた。

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