2 当時の『恋人』

「おっと」


忘れるところだった、と思いながら、釣書つりがきを脇に起き、りんは画面上のブラウザアイコンをダブルクリックする。

立ち上がったブラウザの画面に固定化されてるタブは、小説投稿サイトだ。


そう、今のりんに、いて恋人にたとえられるものがあるならば、これだ。

webへの小説投稿。ひいては小説の執筆である。


りん自身は、閲覧自体はスマホ派だが、自身の執筆はパソコン派。

だから、仕事の日でも、必ず一回はパソコンを開く事を日課としていた。

社会人の創作は、一気に時間をかけるより、小さな時間を積み重ねるものとはよく言ったものだ。


「おあ、なーんか、また前の伸びてる? 脳焼かれる快感に目覚めた同志が増えたか……」


りんが、自身の【北狄ほくてき】というユーザ名のユーザページで投稿済み小説をチェックすると、昨日よりも明らかに閲覧数が増えていた。

とはいえ、りんの作品にも、多少の固定ファンとおぼしき人はいるし、そういう人はよくコメントも残してくれるし、こちらもコメントを返す。

書籍化、コミカライズなんて夢のまた夢の雀の涙ではあるが、そこは割とニッチなところを攻めてるからだと理解もしている。

なんなら、りんのメイン戦場は、人によっては、拒絶反応が強い分野だ。


「まあ、新たな扉を開いた同志には、ようこそ……とだけ思っておくか」


りんのメイン戦場は、いわゆるNTR。

寝盗ねとり、寝盗ねとられなど呼び方は置いといて、りんとしても拒絶反応が出るのもわからなくはない。


だが、しかし、たまらないのだ。

倫理がおかされる背徳感と嫌悪感。

その罪悪を天誅てんちゅうとばかりにくつがえし、カタルシスを起こす、いわゆるところのざまあ展開。

そして、題材が題材ゆえに、どうしてもともなう、あやしく、時に爛熟らんじゅくした果実のように甘い、きわどい描写。


こればっかりは個人の思考と嗜好しこうの自由を主張したい、とりんは思うし、二次元だから許されることだと思っている。


と、そこまで考えてから、脇に置いた釣書つりがきりんは視線をやる。


「……知られたら、ヤバくね?」


あの母親がメンツ立てろ、とこっちのケツを容赦なく感情というバットで叩いて来る限り、一度は会わねばならないとしても、流石さすがに同志だなんてそんなことは万が一にも思えない。

まだ隕石が降ってきて死ぬ方が確率が高かろう。

というか、web小説はまだしも、この分野、女性で同志なんて、そうそういないのでは。


そも、題材的にエロティシズムがめちゃくちゃ関わる時点で、大体の女性は拒否感を示すか、一線を引くだろう。

まして内容的には、ドン引きにドン引きするのが目に見える。

いや、官能小説のたぐいに女性作家がいないわけでもない、とりんも知ってはいるけれども、でも、まあ、やっぱり確率的には空から槍が降ってくる方が、あるのでは? と思う。


「……俺になんか勿体もったいない、いい子だろうし、断わる、方向で…………なんとか、する、か」


断ったら断ったで、母親があんたねーそんなだから、などと言ってくる未来が予想できるが、趣味の自由は心の平和! だからこそ、それが一番大事! 、とりんは思考を切り替えて、取り急ぎ、晩ごはんを食べるために自室から出るのだった。

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