エピローグ ―私のすべきこと―

 詩音しおんちゃんに誘われ、やってきたのは暮夜ぼやの繁華街。あの長屋が連なっている通りだ。

 「夜ごはんにしよう!」

連れられたのは和食のお店。定食屋さんらしき面持ちだった。

 「ここ、よく来るんだ〜。」

個室に案内された。

お勧めされたのは、天麩羅定食てんぷらていしょく。メニューをみた感じだと海老、南瓜かぼちゃ、白身魚、甘藷かんしょの天麩羅に炊き玄米と汁物。漬け物もセットにあった。美味しそう。でも、私は甲殻類にアレルギーがあるので、

「美味しそうだけど、海老だけ別って出来るの?」

「アレルギー?多分出来ると思う。」

まあ、注文するときに確認をすればいい話なんだけどね。

 というわけで店員さんを呼び寄せてオーダー。

「天麩羅定食の海老天別で。」

「はい、天麩羅定食、海老天麩羅別皿ですね。」

「あと、豚生姜焼きと豚カツ玉子とじと日替わりサラダと、あと、果物くだもの詰め合わせを下さい!」

「では、少々お待ち下さい。」

店員さんが厨房へ戻ったところで問い詰めた。

「めっちゃ食べるじゃん!お昼もこんなくらいのお弁当頬張ってたよね!?」

「あはは……ちょっと大飯食らいなだけだよ〜。」

彼女は昼に、かなり大きいサイズの弁当を食べていた。小さなノートが入るような大きさだった。

 暫く待ったところで、お料理とご対面。

 私の天麩羅定食は揚げたてで、湯気がいい感じに漂っている。お米も汁物の味噌スープも美味しそう。

 詩音ちゃんの頼んだ料理の数々はどれも確かに美味しそうだった。けれどこんなには食べられないのではないかと思った。デザートは後で持ってきてくれるらしい。

 というわけで頂く。

 天麩羅は衣がサクサクな所としっとりした所の二つが味わえられた。勿論ネタも美味しい。

 お米と汁物、漬け物も併せて食べるとより美味しくなる。定食というものはよく作られているものだ、としみじみ感じた。

 詩音ちゃんは多い量でも美味しそうに食べている。食べ方が可愛いのは強すぎるよ。見ているだけでも美味しく感じる。頬に手を当てて生姜焼きを堪能していた。

「よく食べるね。」

「人より大食らいなだけだよ〜。」

「美味しそうに食べているの可愛い。良いなー。」

「そんな、可愛いだなんて。」

「詩音ちゃんさ、学生時代モテなかったの?」

二人共食べ終わり、食後のお茶を楽しんでいた。

「全然ですよ。そりゃ、こんな大飯食らいな女子を好きになってくれる男の人は少ないでしょうし。」

彼女は赤面しながら答えた。そんなことは無いだろうに。なんて思っていると、

東果あずみさんはどうだったんですか?」

まあ、聞かれるだろう。見栄を張っても意味がないので正直に。

「全然よ全然。ミスコンで一位取ってもあんま変わんないもんだよね。」

「ですよね~。意外と影響力無いっていうか、その場でブームが去るというか。」

うんうん。あれっ?

「もしかして詩音ちゃんも?」

「はひ、ほうでふけど。」

食後のデザートを頬張りながら言った。白桃にフォークを伸ばして楽しんでいる。

「なんだよ~!早く言えよぉ~!」

「あああ、止めてください~。」

つんつんつん。人差し指を出して詩音ちゃん右肩をつついた。ダル絡みなんて言わせない。


 会計は割り勘。初任給前でカツカツだった財布に穴が開いた。私たちは当てもなく歩き始めた。すっかり夜で星がきれい。

「美味しかったでしょう?」

この娘、やっぱり質問するときの笑顔が強い。

「うん、とっても。」

「東果さん、夜街に馴染んでますね。総括に言われたことと真逆です。」

「あいつなんか変なこと言ったの?」

「大分失礼な話だとは思うんですが……」

「ほう」

霧斗きりと「東果さんは田舎娘だから発展的な刺激を与えないでねっ!」

「って……」

「あはははは……」

あの野郎……

 「も、勿論私はそんな……」

「分かってるよ。」

悟られんように少しでも笑みを。しかしどう制裁すべきか。

「じゃあ東果さん、今後もたまにはこうして一緒に帰りませんか?」

「良いけど、どうして?」

駅前は閑散としていた。街灯が静かに灯っているぐらい。

「私がいっぱい、教えてあげるね。」

やっぱり笑顔だった。私も笑みを浮かべて返そう。

「そう、ありがとう。」

二人だけが、ロータリーに居た。


 「ではまた明日、さようならっ!」

 「じゃあね!」

詩音ちゃんは再び街の方へ歩いて行った。彼女の実家は大手の質屋らしい。

 さてと、一つ不安なことが。視線しか感じない。そう、駅舎のコンクリート柱。

 「何盗み聞きしてるんですかー?」

相手に聞こえるよう大きな声で訊いた。

 「ふっ。初日からいい仲間が出来てよかったよ。小宮 東果巡査官。」

奥からやはり霧斗が出てきた。相変わらず空色の羽織りを着ている。

「でもスネークをよくも見破ったね。すごいよ。」

「何が目的だ?」

 腕を組んで柱に寄っかかっている霧斗に相応の質問を投げた。

「いや、たまたま帰り途中に見つけたからさ。邪魔しちゃあ悪いし。」

「意外と普通な思惑ね。」

「そりゃどうも。」

霧斗邸へは結局二人で帰った。途中で変な質問をしてこなかったので取りあえず安心した。

 「東果さん、」

身支度をしながら霧斗が訊いてきた。

「はい?」

「あなたの両親ですけど、容態について詳細が送られてきたんですが……」

月が照らす縁側に二人座った。

「どうなのっ?それで。」

「母上様は比較的軽傷らしいです。傷の回復を長期的に実施するので、数年は寝てもらうそうです。」

私は安堵した。ひとまず無事なら何でもいい。

「ただ、お父上が……」

「父さん?父さんがどうしたの?大丈夫なんだよね?」

「落ち着いて聞いてください。控え目に言って、死亡寸前でした。一命はとりとめたそうですが、回復や手術含めてかなり時間がかかるかと。」

「そう、なの。」

大丈夫。大丈夫なのは分かっている。けど、


 それって結構やばくね?


 「本当に大丈夫なんだよな?なぁっ?」

分かっているけど、怖い。悲しい。やり場のない思いがどうしてもこみ上げてくる。

知らない間に涙がこぼれて落ちる。恥でさえも疎かに出来る。無意識のうちに霧斗の両腕を激しく掴んでしまったり。

 「落ち着け!」

霧斗の一喝。今までで見たことのない表情は、涙目の私にもよく伝わった。

 「両親が負傷してしまった奴を、僕は東果さん以外にも何人も見てきた。中には二人共ども黄泉行きだ。今は、二人の無事を喜ぶほうがいいんじゃないのか。」

諭すように言われた。その通りだ。筋しか通っていない彼の言葉を聞いて、

「そっか、そうだよね。」

と納得できた。すると霧斗は立ち上がり、縁側に座る私の前に右手を差し伸べてきた。

「そんな訳で、小宮 東果。お前は保安官になって何がしたい?何を求めたい?」

彼は不敵な笑みを浮かべて尋ねた。

「民の笑顔を守るのか、それとも親の仇を取るのか。もちろん、今答えを出す必要は無い。まずは、しばらく続いたイレギュラーな日常から身を休め、新しい環境に順応出来るよう、日々励むことだな。」

少し考えた後、

「はい!」

私は彼の手を取った。


 「さてと、そろそろ寝ないと明日ぶっ倒れるぞ。」

 「まだお風呂入ってないんだけど。」

 「呑気な姉ちゃんだな。妹は早速戦地に駆り出されているってのに。」

 「えっ?」

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