拾:初任務

 皐月5月が終わり水無月6月になった。

 今日から正式に保安官になる。例の事務所で行われる採用式に出席するため、初通勤。

 一人での移動も慣れてきたなと感じながら、大路を縦断する。今日は低気圧が近づいているせいか風が強く、体感的には大分寒い。着慣れない制服の上に黄色と黒の羽織りを身に着けている。

 その羽織が風で揺らめく中、着いた。事務所。正面口には初めて来た。裏とは違い、白く近代的。二階建てで、左半分には大きな屋根がある。手前は一段高くなり、木材で作られている。スロープもあるという安心設計。

 

 「東果さーん!」

 霧斗きりとが駆けてやってくる。

 「採用式始まるからホールまで来てね。あと、さん付けか呼び捨てのどっちかで。じゃっ!」

忙しそうにまた駆けていった。総括なだけあって仕事も多そうだし。

 事務所に入る。入所には必ず本人確認をしなければいけないため、手帳デバイスを駅の自動改札機のような機械にかざす。このデバイスは便利で、手書きやキー打ち、身分証や連絡にも使える優れもの。申請すれば位置情報も入手することが出来るらしい。

 ホールは入って左側すぐ。木の温かみをものすごく感じる開放的な空間だ。サイドの大窓と高所の窓が日をよく取り入れていて明るい。採用式のためにパイプ椅子がこれでもかと並んでいる。正面には壇が。

 デバイスに表示された『3-d』の席番号に着席し開式を待つ。しばらく待つと、天窓にブラインドがかかり光が差し込まなくなった。続けて横の大窓のカーテンが動く。一気に電光だけが輝く世界になった。

 

 会場が静まり返った。照明が少しばかり落ちた。

 「これより、田本帝國保安部森中路在所たっぽんていこくほあんぶもりなかしざいしょ 新採用祝賀式しんさいようしゅくがしきを始めます。開式の言葉」

 保安部二課総括、雲井達之くもいたつゆき

霧斗同様、若くして総括まで上り詰めた実力者。堂々たる風格で壇上に上る。

 「初夏の頃、新緑はかおりて時雨はしたたり、日盛りは燦々と燃えゆる水無月みなづきに、採用式を始めることを宣言する。」

 終始堂々と謳った彼に幾多の拍手が飛んだ。胸を張りながらもといた場所に戻り座られた。

 「國歌斉唱こっかせいしょう、会場の皆様はご起立下さい」

流石保安官、音も立てずに素早く起立できる。私も同様にしたけどね。その後國歌が流れた。

 「所長の言葉」

森中路在所 所長、鎧田朱雀よろいだすざく

 圧倒的なカリスマ性と戦術スキルが光る在所ナンバーワンの実力者。

 (校長先生のありがたい話の如く長いのでカット)

 「最後に、配属を確認します。お手元の手帳デバイスを開いてください。」

言われた通り起動してみる。すると大きい文字で『一課巡査官』と表示されていた。

 「デバイスに表示された部署に配属されます。終式時、各課総括の指示に従ってください。」

 一課、つまり霧斗や飛鳥瑠と同じ。知人がいて嬉しいものだが少しばかりは気まずいかも。

 「それでは、閉式の言葉」

 森中路在所 三課総括、小野田武明おのだたけあき

 情報戦にて絶大な力を発揮する。人喰い討伐よりかはサイバー攻撃の対策を行うエンジニア的存在。

 「これにて、採用式を終わります。」

 最後にすっきり終わらせてくれるあたり、彼は良い人に違いない。

 さて、式も終わり、一課総括の霧斗の指示を受ける。当の彼は式中何をしていたのかというと、進行役をしていた。果たして気付いた人はいるのだろうか。

 「一課就任の皆さんは、一課のオフィスルームへ来て下さーい!」

いつにない大きな声で命じた。新入り(私含め)はぞろぞろと二階へ移動している。


 いざ一課のオフィスルームへ来てみると、一つ一つの机には新任した人の氏名と『合格おめでとう!』の文字が記してあった。

 血眼ちまなこになりながら机を見つけて着席。二十人に満たない新任保安官は着々と自分の席を見つけ座る。今年は一課の就任が特別多いそうだ。

 パンッ、パンッ(手拍子)

「みんなちゅうもーく!一課の挨拶をしまーす。」

相変わらず彼には異様に人の注目を集めるオーラがある。

「まずはわたくし、一課総括の春野 霧斗でーす。よろしく~。」

知ってまーす!と言いたいところだが我慢。相変わらず軽いノリ。

「そして、一課総括補佐の水田 飛鳥瑠くんでーす。拍手~」

ぱちぱちぱち と会場全員が飛鳥瑠に拍手を送った。

「紹介にあずかりました、水田と申しまーす。以後お見知りおきを。」

深々とお辞儀をして脇に戻った。

「そして最後、巡査部長の前田まえだ 銀杏ぎんなんくんでーす。拍手~」

彼は静かに礼をした。制服の上に白い羽織を着ている。年で言うと一個下になると霧斗が言っていた。

 「以上終わりで!この後はお昼休憩なんでご自由に~。」


 そう言うと一目散に去っていき、昼休憩の騒がしさがやってきた。

 休憩室にお茶を飲みに行こうか悩んでいると、なにか視線を感じた。

 「あの~、」

 私は右を向いた。

 「あっ、すみません。お綺麗な方が居るなと思って、つい。」

相当驚いたのか、少し慌てていた。

 「そんな綺麗だなんて……」

ってスタイル良っ!!

 顔小っちゃいのに背高そうだし胸結構あるし。うらやまっ。

 そんな思考を0.1秒ほど巡らせていた。

 「小宮 東果さんですよね?」

 「なっ、なんで名前を!?ってこれか。」

新任した人の氏名と『合格おめでとう!』の文字が記してある例の紙を見た。

 「ふふっ。私、斎藤さいとう 詩音しおんって言います。よろしくお願いします。」

 万円の笑顔で自己紹介をしてくれた。紫色に染まったさらさらな髪と瞳が一層輝かしく見えた。なんなんだこの!?めっちゃ可愛い。

 「こっ、こちらこそよろしく……」

 「というか小宮さんって、学園祭の時にミスコンで最優秀の人に選ばれてましたよね?」

 そしてめっちゃ ぐいぐい くる。

 「あー、うん。あー、そうだったはず……」

 「私その時三年生で見たんですよ。またお会いできて嬉しいですっ!」

彼女は私の一個下ということが判明した!背格好は私と同じくらいなのに。

 その昼休みは詩音ちゃんと過ごした。

「お弁当でっか!」

「え〜?普通だよ〜。」



 何となく仲良くなったところで昼休憩が終わった。時計は十三時過ぎを指した。

「お二人さんにはコレっ!」

と霧斗から出された令は至って普通。

「巡回、だってさ。」

「なんかつまんなそうだねー。」

反吐を出しながらもすぐに準備を済ませて向かった。

「うう……」

やっぱり風が強い。詩音ちゃんの髪が風でめっちゃ舞っている。背丈は意外にも、私と同じくらいだった。

 巡回任務は至ってシンプルな代物で、今回は近傍を十八時まで。昼間だし平和だし、なにもない事を祈る。移動手段は徒歩オンリー、肉体労働。暇でしょうがないのでお喋りしながら任務を遂行する。このあとはただのほのぼの空間が続く。


「東果さんって何か趣味ないの?」

「そうだなー。昼寝?」

右の人差し指を小さく掲げて答えてみた。

「それって趣味なの……?」

「さぁね。詩音ちゃんこそ何かないの?」

詩音ちゃんは少し時間を取った。

「私は……いっぱい食べることと、――」

「ことと〜?」

夜街よまち歩きかなぁ。」

右手を顎に当て左手を右肘に構える、考えるポーズをとっていた。

「へぇ~。結構 洒落しゃれた趣味だね。」

「えへへ……」

「何か土産話ないの?」

と私が聞いた時には、辺りに海が広がる港まで来ていた。

「あそこ座ろ!」

ベンチに腰を掛けて話の続き。

「うーん、たまに男の人に声かけられたり襲われたり――」

「ん?襲われる?」

「うん。普通にスリに遭ったりするんだよ?」

「恐ろしいな夜の街。」

引き笑いしてしまった。


 数分休憩したところで、十五時を過ぎた。フィッシャーが数人いる堤防まで見に行ってみたり、のんびりとあくびをする猫を愛でたり。港を後にし、駅周辺エリアへ。

 毎度おなじみのしまなかしラインが颯爽と走り抜けるのを見たり、公衆トイレの掃除を手伝ったり、環境特区のポスターを付けたり。人が多い分、やることも多い。

 そんなこんなで十七時。後一時間も無いので帰りながら巡回する。

 カラスに荒らされたゴミ回収コーナーを直したり、旅行客に道案内をしたり。そんなこんなで、

「ぶじ帰還!」「いぇーい!」

事務所にピッタリ戻って、霧斗に報告書を提出した。

「やっぱり平和だねぇ。というかめっちゃボランティアしてるなー。良いことだ。」

褒められたのかは分からないが肯定はされたのかな?

「お二人さん、今日はおしまい。帰ってもいいよ。」

新入りが先に帰ってもいいというホワイトさ。神。

「お先、失礼しまーす」「お疲れ様でしたー」

みんなホワイト教育が徹底されているのか、温かく見送ってくれた。

 帰り荷物を持って、霧斗邸へ戻ろうとしたら、詩音ちゃんに声をかけられた。

「東果さん、今日の夜、空いてる?」

「何もないけど……」

「じゃあ、来てよ!一緒に周ろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る