拾:初任務
今日から正式に保安官になる。例の事務所で行われる採用式に出席するため、初通勤。
一人での移動も慣れてきたなと感じながら、大路を縦断する。今日は低気圧が近づいているせいか風が強く、体感的には大分寒い。着慣れない制服の上に黄色と黒の羽織りを身に着けている。
その羽織が風で揺らめく中、着いた。事務所。正面口には初めて来た。裏とは違い、白く近代的。二階建てで、左半分には大きな屋根がある。手前は一段高くなり、木材で作られている。スロープもあるという安心設計。
「東果さーん!」
「採用式始まるからホールまで来てね。あと、さん付けか呼び捨てのどっちかで。じゃっ!」
忙しそうにまた駆けていった。総括なだけあって仕事も多そうだし。
事務所に入る。入所には必ず本人確認をしなければいけないため、手帳デバイスを駅の自動改札機のような機械にかざす。このデバイスは便利で、手書きやキー打ち、身分証や連絡にも使える優れもの。申請すれば位置情報も入手することが出来るらしい。
ホールは入って左側すぐ。木の温かみをものすごく感じる開放的な空間だ。サイドの大窓と高所の窓が日をよく取り入れていて明るい。採用式のためにパイプ椅子がこれでもかと並んでいる。正面には壇が。
デバイスに表示された『3-d』の席番号に着席し開式を待つ。しばらく待つと、天窓にブラインドがかかり光が差し込まなくなった。続けて横の大窓のカーテンが動く。一気に電光だけが輝く世界になった。
会場が静まり返った。照明が少しばかり落ちた。
「これより、
保安部二課総括、
霧斗同様、若くして総括まで上り詰めた実力者。堂々たる風格で壇上に上る。
「初夏の頃、新緑は
終始堂々と謳った彼に幾多の拍手が飛んだ。胸を張りながらもといた場所に戻り座られた。
「
流石保安官、音も立てずに素早く起立できる。私も同様にしたけどね。その後國歌が流れた。
「所長の言葉」
森中路在所 所長、
圧倒的なカリスマ性と戦術スキルが光る在所ナンバーワンの実力者。
(校長先生のありがたい話の如く長いのでカット)
「最後に、配属を確認します。お手元の手帳デバイスを開いてください。」
言われた通り起動してみる。すると大きい文字で『一課巡査官』と表示されていた。
「デバイスに表示された部署に配属されます。終式時、各課総括の指示に従ってください。」
一課、つまり霧斗や飛鳥瑠と同じ。知人がいて嬉しいものだが少しばかりは気まずいかも。
「それでは、閉式の言葉」
森中路在所 三課総括、
情報戦にて絶大な力を発揮する。人喰い討伐よりかはサイバー攻撃の対策を行うエンジニア的存在。
「これにて、採用式を終わります。」
最後にすっきり終わらせてくれるあたり、彼は良い人に違いない。
さて、式も終わり、一課総括の霧斗の指示を受ける。当の彼は式中何をしていたのかというと、進行役をしていた。果たして気付いた人はいるのだろうか。
「一課就任の皆さんは、一課のオフィスルームへ来て下さーい!」
いつにない大きな声で命じた。新入り(私含め)はぞろぞろと二階へ移動している。
いざ一課のオフィスルームへ来てみると、一つ一つの机には新任した人の氏名と『合格おめでとう!』の文字が記してあった。
パンッ、パンッ(手拍子)
「みんなちゅうもーく!一課の挨拶をしまーす。」
相変わらず彼には異様に人の注目を集めるオーラがある。
「まずは
知ってまーす!と言いたいところだが我慢。相変わらず軽いノリ。
「そして、一課総括補佐の水田 飛鳥瑠くんでーす。拍手~」
ぱちぱちぱち と会場全員が飛鳥瑠に拍手を送った。
「紹介にあずかりました、水田と申しまーす。以後お見知りおきを。」
深々とお辞儀をして脇に戻った。
「そして最後、巡査部長の
彼は静かに礼をした。制服の上に白い羽織を着ている。年で言うと一個下になると霧斗が言っていた。
「以上終わりで!この後はお昼休憩なんでご自由に~。」
そう言うと一目散に去っていき、昼休憩の騒がしさがやってきた。
休憩室にお茶を飲みに行こうか悩んでいると、なにか視線を感じた。
「あの~、」
私は右を向いた。
「あっ、すみません。お綺麗な方が居るなと思って、つい。」
相当驚いたのか、少し慌てていた。
「そんな綺麗だなんて……」
ってスタイル良っ!!
顔小っちゃいのに背高そうだし胸結構あるし。うらやまっ。
そんな思考を0.1秒ほど巡らせていた。
「小宮 東果さんですよね?」
「なっ、なんで名前を!?ってこれか。」
新任した人の氏名と『合格おめでとう!』の文字が記してある例の紙を見た。
「ふふっ。私、
万円の笑顔で自己紹介をしてくれた。紫色に染まったさらさらな髪と瞳が一層輝かしく見えた。なんなんだこの
「こっ、こちらこそよろしく……」
「というか小宮さんって、学園祭の時にミスコンで最優秀の人に選ばれてましたよね?」
そしてめっちゃ ぐいぐい くる。
「あー、うん。あー、そうだったはず……」
「私その時三年生で見たんですよ。またお会いできて嬉しいですっ!」
彼女は私の一個下ということが判明した!背格好は私と同じくらいなのに。
その昼休みは詩音ちゃんと過ごした。
「お弁当でっか!」
「え〜?普通だよ〜。」
何となく仲良くなったところで昼休憩が終わった。時計は十三時過ぎを指した。
「お二人さんにはコレっ!」
と霧斗から出された令は至って普通。
「巡回、だってさ。」
「なんかつまんなそうだねー。」
反吐を出しながらもすぐに準備を済ませて向かった。
「うう……」
やっぱり風が強い。詩音ちゃんの髪が風でめっちゃ舞っている。背丈は意外にも、私と同じくらいだった。
巡回任務は至ってシンプルな代物で、今回は近傍を十八時まで。昼間だし平和だし、なにもない事を祈る。移動手段は徒歩オンリー、肉体労働。暇でしょうがないのでお喋りしながら任務を遂行する。このあとはただのほのぼの空間が続く。
「東果さんって何か趣味ないの?」
「そうだなー。昼寝?」
右の人差し指を小さく掲げて答えてみた。
「それって趣味なの……?」
「さぁね。詩音ちゃんこそ何かないの?」
詩音ちゃんは少し時間を取った。
「私は……いっぱい食べることと、――」
「ことと〜?」
「
右手を顎に当て左手を右肘に構える、考えるポーズをとっていた。
「へぇ~。結構
「えへへ……」
「何か土産話ないの?」
と私が聞いた時には、辺りに海が広がる港まで来ていた。
「あそこ座ろ!」
ベンチに腰を掛けて話の続き。
「うーん、たまに男の人に声かけられたり襲われたり――」
「ん?襲われる?」
「うん。普通にスリに遭ったりするんだよ?」
「恐ろしいな夜の街。」
引き笑いしてしまった。
数分休憩したところで、十五時を過ぎた。フィッシャーが数人いる堤防まで見に行ってみたり、のんびりとあくびをする猫を愛でたり。港を後にし、駅周辺エリアへ。
毎度おなじみのしまなかしラインが颯爽と走り抜けるのを見たり、公衆トイレの掃除を手伝ったり、環境特区のポスターを付けたり。人が多い分、やることも多い。
そんなこんなで十七時。後一時間も無いので帰りながら巡回する。
カラスに荒らされたゴミ回収コーナーを直したり、旅行客に道案内をしたり。そんなこんなで、
「ぶじ帰還!」「いぇーい!」
事務所にピッタリ戻って、霧斗に報告書を提出した。
「やっぱり平和だねぇ。というかめっちゃボランティアしてるなー。良いことだ。」
褒められたのかは分からないが肯定はされたのかな?
「お二人さん、今日はおしまい。帰ってもいいよ。」
新入りが先に帰ってもいいというホワイトさ。神。
「お先、失礼しまーす」「お疲れ様でしたー」
みんなホワイト教育が徹底されているのか、温かく見送ってくれた。
帰り荷物を持って、霧斗邸へ戻ろうとしたら、詩音ちゃんに声をかけられた。
「東果さん、今日の夜、空いてる?」
「何もないけど……」
「じゃあ、来てよ!一緒に周ろう?」
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