玖:サクラサク

 5月30日。今日は保安官採用試験の合格発表がある日。

 そして関係ないが、私の妹の紗弥果さやかが何故か帰ってこない。私宛で霧斗きりと邸に届いた手紙によれば、

「しばらく友達の家にお世話になるから( `・∀・´)ノヨロシク!」

という話。一体何をしているのか、

 は気にならなかった。なんて言ったって私は今、人生の岐路に立っているからだ!合格すれば両親の状況を確認できる。そして合法的に仇討ちをすることができる。実際、霧斗君によると、一課の大多数が人喰いの被害になにかしらで関わっており、復讐に燃えている人も多いらしい。

 

 筆記試験と実技試験。前者は間違いなく問題ない。実技試験も元からの運動能力の高さに加えて、農民出身の力を舐めてもらっては困る。接敵試験も問題はないはず。後は国家資格のみ。前にも説明はしたが、やりようによっては国家公務員として官僚になれるレベルの資格試験を受けたのだ。ズブな私にはハイレベルすぎる試験だったが、今回の問題は大分だいぶ簡単な方だったらしい。

 今日も今日とで保安部の事務所にいる。私の他にも、合否の行方を追いに期待と不安を抱いてやって来た人も多くいる。

 次第にドキドキが高まっていき、心臓の位置があらかた分かるようになってきた。持ち合わせたバッグから受験票の受験者控えを手に取り神頼み。人間誰でも、溺れる時はわらを掴むものだ。

 開放感あふれる大広間に集められしばらくが過ぎた頃、天井からゆらゆらと大きなスクリーンが下りてきた。スムーズに下ろされた画面には細かな文字が連ねてあった。それと同時に場内アナウンスが流れた。

「保安官受験者の皆様は、大広間にお越しいただき、合否の確認をしてください。」

きれいな女の人のアナウンスが響くと、ぞろぞろとスクリーンに全員が進んだ。皆、我先にと近づいていく。

 2,3分待ってようやくご対面。合格した姓名のみが表示される形式で五十音順。見やすい。

 感心しながら小宮は何処だ?と探す。どくん、どくん。

 「!」

 「おめでとう、東果あずみさん。」

 霧斗君も言った通り、

 「受かった!私、受かったよ!!」

私は万円の笑みを浮かべて飛び跳ねた。目をこすってもう一度見ても、ある!!間違いなく合格だ万歳。

 「やったよ、霧斗君!」

 「はしゃぎすぎだよ。下を見てみ?」

彼は微笑みながら言った。命令どおり、足のある下を見た。運動靴が目に入る。

 「床じゃない。名前の下。」

名前の下ぁ?って、んん?

 「小宮、、紗弥果!?」

目を丸くした。コンパスを使っても書き表せない完璧な丸だった。

 「なんでだろうね?何か聞いてないの?」

 「なにもなにも。」

 「探してみようぜ?」

右手の親指を奥へ向けて言った。

 「何処かなぁ。」


 しばらく探し回っていると、私たちは飛鳥瑠あかる君に出会った。

 「合格おめでとう、東果。」

 「紗弥果、何処か知らない?」

 「んん、、あははははは……」

 彼は目を下に向け、愛想笑いをした。

 「絶対なんか隠してるだろー!」

 そう言うと彼は携帯電話を取り出し、勝手に電話をかけた。

 「どしたの飛鳥瑠さんって、ゲッ」

 「『ゲッ』じゃないのよ。どーゆーことか せつめーして もらおーか?」

 私の妹はのこのこやって来た。少しだけ、ほんの少しだけ半ギレの状態で笑って聞いていた。

 

 「ある日の夜道、飛鳥瑠さんが仕事をしてて挨拶したんだ。そしたら、父母に会うには保安官にならなきゃダメって話になって、それからずっと飛鳥瑠さんに稽古をつけてもらっていたんだ。」

 ふーん。私は視線を変え、

 「飛鳥瑠くーん、本当だなぁ?」(鬼の形相の東果)

 「ハイッ、ソウデスッ。」(身の毛がよだった飛鳥瑠)

 「全く、あんたも合格したんでしょう?なら良いわ。」

 「流石ねーちゃん。分かってくれるぅ〜。」「おおー納得した。」

 「んん?」(再び鬼の形相の東果)

 「あ、いえ……」「ヴェッ、マリモッ!!」

 「そんなことよりさ、二人とも合格したんだからお祝いしよっ。焼き肉行こうぜ!」

 「えっ、良いの?」「やったー!行こう!」「俺も良い?ねぇ、俺も良い――」

 その場を取り繕ったのは霧斗君であった。



 「ほわわわわ……」「まじかー」

日はすっかり暮れお月さんがこんばんは。時刻はもう6時。

 「二人は初めてだろ?首都、出川でがわは。」

 私ら二人の合格記念にと焼肉屋へ、という話だったが連れてこられたのは大都会。片道一時間なんて聞いてないぞ。

 「ここは?夜なのに明るい……」

出川駅西口を出た途端目に入ったのは、六車線の公道にバス停、溢れるくらいの人だかり。さらにそれらを見下ろすようにそびえるビル群。どの建物も100mはある。街灯やビルの漏れた光が街中を照らしつけていた。

 「出川湾岸ヒルズ。オフィスビルや商業施設、娯楽施設が山ほどある複合施設だ。西口一帯はビルが乱立しているぞ。」

飛鳥瑠君の説明で事は理解出来た。確かに広いし大きい。ヒルズへの横断歩道、今四人が立っている所にも沢山の人が信号を待っている。

 「久しぶりに来たなー。」

霧斗君がスーッと歩きだし、他三人も続く。六車線の道路なだけあって横幅も広い。

 「どこなのさ、飛鳥瑠くんがおすすめの店。」

言い出しっぺは霧斗君だが飛鳥瑠君が紹介してくれた焼肉屋さんへ行くことに。飛鳥瑠君は歩みを止め、真正面のビルを指す。

 「お前と俺は前にも行っただろ。ここのビルの10階の田中たなかがやってるとこ。」

 「んん〜。そーいやあったなそんなことが。」

ビルに入って少し進み、エレベーターに乗る。私たち四人が乗客だった。

 「お二人さんは知ってる?田中んち。」

 「さあ。」

紗弥果即答。

 「確かよく給食ひっくり返してたよね。田中っち」

何処となく覚えていたエピソードを言うと、

 「そ、そうだな……」「あはははは……」

二人(返しづれぇよぉ……)


 と言うわけで到着。扉が開き、目の前には和風な店舗が現れた。

 「予約した水田みずたですけれども。」

飛鳥瑠君が店員さんと話をしている間、落ち着いた雰囲気の店内を見回す。

 「入るぞ。」

 案内された席はザ・焼肉屋の席。中央のくぼんだ所に金網が付いている焼き機のある、いかにもな造り。窓からの眺望は、夜景。むっちゃ綺麗。首都のビルの明かりの数々が幾千にも広がっている。

 「嫌でも働いている人たちがいるからこんなにも綺麗な夜景が見られるんだ。感謝して焼き肉を食おう。」

 「黙れっ。」

 霧斗君と飛鳥瑠君、やっぱり仲良し。

 席に座り、メニューを見る。

 「これ見間違いじゃ無いよね?」

値段設定、バケモンじゃねーかよ!何度も目をこすったが変わらない。

 「ここいらでは大分安い方だよ?」

霧斗君が言っても説得力がないんだよ。カルビもハラミもすごい値段。なのに冷麺はもはや無料の域。何なんだこの極端さは。

 「別に先輩の奢りなんだからいいじゃん、姉ちゃん。」

確かに。

いっぱい食ってやろう。

 「そうそう。国産の超高級焼き肉を堪能しようぜ。」

飛鳥瑠君がそう言い、例の田中っちを呼んだ。

 「おっひさ。元気してるか?死んでなくて良かった。」

 「不吉な事言うなよぉ?」

 田中っちはバンダナを頭に巻き、黒の半袖シャツと長ズボンを着ていた。手にはオーダー票が。

 「でも東果さんたちが保安官になるなんてあの頃は思わなかったなー。」

 「私もだよ〜。」

 軽く談笑を楽しみ、馬鹿みたいに注文をした。

 生肉はすぐに出てきた。一皿に七枚ほど載っている。一体何皿頼んだのだ、と言いたくなる程に頼んでしまったのか、台車を机の横に付けてくれた。その次には霧斗君おすすめのじゃがバター。温かなご飯も登場。

 いざ焼き焼きたーいむ!鮮やかな赤い身に脂の乗った肉が美味しくなるように焼いていく。じゃがバターはじっくりと。

 赤いところが見えなくなった時点で各自取ってタレを付け、お米と一緒に頂く。これが美味いんだわぁ。

 牛カルビ、牛ハラミ、牛タン、豚カルビ、ホルモンなど。食べ盛りの四人が満腹になるまで食べた結果、

「お会計、30000えん(日本円に直すと12万円)になりまーす。」

高ええ!

 「現金で。」

霧斗君が三枚札を出してレシートを受け取った。

 全員店舗から出て、

「美味かったわ~。」

「最高っすねぇ⤴!」

「こんなに美味しいものがあるとは……(充実)」

「また食べたいよぉ〜。」

このありさま。さすが高級焼き肉。こりゃあ数日は貧乏飯食べられないだろうな。

 「さて、次だ。エレベーター乗るよ。」

 「はーい。」「はーい。」「次?あー、なるほど。」

 霧斗君がエレベーターのボタンを操作。

 「ってちょと待てい!なに壊しとる!」

ボタンのネジをこじ開けていた。

 「壊してなんかないよ。」

 「絶対怒られるってぇ。」

 「これから保安官の事務所に行くんだよ?」

 へ?


 それは一般には非公開となっている機密情報だった。まさかこんな所にあるなんて。出川中央本部の別局らしい。

 扉が開くと、一人の青年が出迎えてくれた。白ワイシャツに紺のズボン、紺と銀色のネクタイ。お決まりの制服を身にまとった、年にして私たちと同じくらいの男の人だった。

 「春野森中路局一課総括はるのもりなかしきょくいっかそうかつ殿に、水田一課副総括みずたいっかふくそうかつ様、お待ちしておりました。小宮さま方はこちらへ。」

 青年に連れられ、来たのは更衣室の手前。三十代頃の女性保安官にバトンタッチし、去っていった。

 「合格おめでとう。貴女あなたたちが入る世界は、常に死と隣り合わせ。現状の力に満足せず、常に上へ上へと精進することね。」

 「はいっ!」「はいっ!」

 冷静沈着。とても落ち着いた声だった。

 「まあ重い話は置いておいて、制服の着付けするわよ。」

出されたのはまるっきり新品の制服たち。採寸はもう済んでいて、これからするのは最終チェックと説明らしい。

 私たち二人は例の制服を着た。女性用でも白いワイシャツ以下略の制服だった。

 「似合っているわよ。」

 女性は続けた。

 「基本はその服で任務を遂行すること。別に指定があれば上から命令が来るだろう。その時はそれに従うんだな。寒かったりしたら上に着てもいいし、逆に暑ければ半袖シャツにしても良い。種類は不問とする。胸ポケットには手帳デバイスを入れるんだな。どうだ、少し歩いて様子を見てみないか。」

 妙に落ち着く声は終わり、私たちは外へ出た。少しぎこちない気もしなくもない。

「似合ってるじゃん。」「確かに。」

外の二人はそう言ってくれた。意外と、、似合っているのかも、しれない。 


 「新幹線速ええええええ!」

 「お姉ちゃん落ち着いて。」

私にはまだ、大都会は似合わない。

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