捌:対峙

 そこは原っぱに小さい杉の木が一つ突き刺さっただけの特設ステージだった。

 屋外。月が見守っているだけのとても静かな夜だった。四方八方には頑丈そうな外壁。圧迫感だけは騒がしかった。

 

 最後の試験、それは実戦である。一対一で決着をつけるというかなり物騒な試験だ。流石にクソ強い人喰いは来ないだろうけど、不安はやっぱりよぎるもの。

 「東果さん、準備は良い?」

ゴーグルタイプの暗視スコープを着けた霧斗君がボールペンのノックをカチカチカチカチしながら聞いてきた。

 「もちろんです。集中が切れるのでそれ止めてください。」

 「流石だね。これも試験の一部、よく気付いた。」

そう言うと、奥のゲートが天井に吸い込まれていった。金属製の壁だったのがガレージのように動く。中は真っ暗。

 「実技試験、始めっ!」

霧斗君が軽やかに跳んで壁の上に立ったと思ったら奥から一体、人喰いが出てきた。

 背格好は格上。私より一回り大きい。筋肉か何かが良く映えた屈強な強者が、足音を綺麗に消してやってくる。

 「古世こよ、準備は良い?」小声で言った。

 「問題ないです。テーザーを出しましょう。」

古世のトランシーバーを握りしめ、私は身構えた。

 フラフラ歩いてきたと思うとすぐ、鬼の形相で跳んで上から右足を突き出し、かかと落とし。静まり返った夜に似合わない轟音が響き、地面がかなりえぐれた。咄嗟に避け、背後に回ることは出来たが、すぐにヤツは面と向かった。あの攻撃、食らったらただでは済まないだろう。

 呼吸を整え、トランシーバーのアンテナをヤツに向け一発、テーザー攻撃を仕掛ける。右腕全体に攻撃を渡らせた。

「効果はイマイチか。」

予想していた通り、テーザーはあまり意味がない。どうしたものかと考えても、攻撃を避けることに専念しなければ確実にお陀仏。そんな余裕は見つからない。

 「東果さん、テーザがダメなら、、ごにょごにょ……」

古世の指示に従って、再度アンテナを向ける。後ろに引いて避けながらヤツの頭めがけて放った。

 瞬間接着剤だ。私は瞬く間にしゃがんで頭に発射した。左に素早く移動しヤツを見ると、見事頭全体に命中した。前が見えていないヤツはこのベトベトな物体を払おうと手を出した。引っかかった。ベチャッと両手まで顔に付いた。前が見えない上に両手も使えない。軍配は私に上がった。古世を今度は火炎放射に切り替え、燃やして灰にした。


 「お見事。」

両手をぱちぱち拍手しながら霧斗君は上から降りてきた。

 「大分強くありません?」

あの蹴りを喰らったら今の私は居ない。やりすぎだ、と言おうとしたら―――

 「一番やりやすいと思うけどなぁ。単純に上から蹴りを入れてきたんならさ、古世の衝撃波でも出して体勢を崩させて終わり。簡単だよね。接着剤は面白かったよ。」

 私は言葉が出なかった。筋がまあまあ通っている。一課の総括までいくと瞬時に判断が出来るのか。単純に尊敬の念を抱いた。すると霧斗君は表情を変え、

「こんばんはー。すぐに出てきてくださーい。隠れていても食べられませんよー。」

「???」

誰もいない方向に大きな声で呼びかけた。

「構えて。」

霧斗君は息を吸った。

「上だっ!!」

 すぐに駿河するが(リボルバータイプの拳銃。右手用。)を上に突き上げ撃った。私が上を向いたと同時に、別の人喰いが一体降ってきた。

 「用件を話してもらおうか。」

駿河を地面に向けヤツに聞く。

 「私の忠実なしもべを倒したのはどいつだ。」

 「それを聞いてどうする?そいつを喰って地獄の仲間の敵討ちか?」

 「問答無用!!」

えっ、ちょ、えっ!?

 私を一直線にめがけ走ってくる。避けようとしたその時、霧斗君は恐らく、浪漫砲(ハンドガン。左手用で高火力。)で撃ったのだろう。静けさにふさわしくない音と共に、弾丸はヤツの頭を射抜いた。一気にスピードが落ちたタイミングで私は背後に回り、トランシーバーを持った。

 「フンッ、面白いヤツらだぜっ!」

音よりも速いだろう速さでヤツの拳が空気を切り裂いた。私のみぞおちを突こうとしたのだ。

 流石に避けきれない。もうキツいか……


 目を開けたら、ヤツの腕が私の体を完全に通していた。速すぎると感覚がなくなるのか。私も両親の隣へ行くのだろうか。ん?感覚がない?

 再度見てみると、そりゃあ貫通していたが、体には穴の一つも空いていなかった。

 霧斗君はそんな私にも動じず、更に一発ヤツに撃った。ヤツはもう動かなかった。

 「何があったの?」

 「コイツは東果さんのみぞおちを正拳突きをしようとした際、和多志は体を透かさせ残像だけを残しました。そして、コイツの攻撃をまんまコイツに返しました。」

 「要するに、自分で自分を傷つけるように仕向けたってことだね。」

古世の説明を霧斗君が要約した頃も、ヤツはピクリとも動いていなかった。私は灰にして土に返した。

 「さて、帰りますか。」



 帰り道。両脇の町屋は灯りが点いていて、こんな夜でも賑わっている。先程までいた事務所近くの静けさは無くなり、酒屋や夜市の勧誘の声や人々の行き交いが辺りをしめる。

 「そういや、夕飯何か食べた?」

相変わらず速く静かに歩いている。何をそんなに急いでいるのかと言いたくなるぐらいに。

 「あんまり食べてないかも。」

 「じゃあさ、食べ歩きしようよ。どれもおいしそうじゃん。」

 「賛成!」

 出店でみせは多く出ていた。定番のB級グルメはもちろん、漁港で水揚げされた魚やまだ新鮮な地場野菜を使った天ぷらで評判な製麺屋が出していたり、国内初上陸のファストフード店だったり。その顔触れはそうそうたるものであった。

 「じゃあ私は〜、これっ♪」

人の金で食べるクレープは美味いっ!ということでバナナのクレープをその場で作ってもらい、堪能する。クリームとバナナの相性は抜群で、生地はそのレベルを更に高くしている。すいーとな味わいが口に広がるたびに、ほっぺたどころか落とし穴に落っこちる。(?)

 「ふー、おいしかった。さてお次は――」

 「まだ食べるの?」

 「クレープ一つだけだよ?」

 「なんで特大サイズを頼んだのに満腹じゃないんだよ。」

霧斗君は少し不満そうだったが私には関係ない。

 「甘いものの後には、しょっぱいものだよねぇ~。」

馬鈴薯ばれいしょを素揚げし塩をまぶしたスナックを買った。揚げたての芋は細く切られていて、塩もしょっぱすぎず薄すぎずといい塩梅であった。

 「なにも二つ買うことあった?」

また彼は呆れている。

 「なにって、はいどうぞ。」

霧斗君の口に一つ突っ込んで入れてやった。

 「こりゃあ良いや。旨いね。」


 しばらく歩いていると、店先のウインドウに妙なサンプルが置いてあるのを見つけた。それはいわゆるデカ盛り?で、私が一人で到底食べきれることの出来ない量の海鮮丼だった。

 「こんなの売っているの?」

 「需要あるのかな?」

そんな会話をしていたさなか、店内から威勢のいい声が飛んできた。

 「見事!デカ盛りスーパー海鮮丼、完食成功でーーーす!!!」

聞いた瞬間、私たちは顔を見合わせた。

 「えっ?すごない?」

 「とんだもの好きもいるもんだな……」

邪魔にならない程度にその店を見ていると、成功特典を持った一人の女性が出てきた。一目見ただけで、紫というイメージが強く表れる人だった。私と年が近そう。

 「もしかして、あの人が完食したのかな?」

 「そうかもね。」


 その店を後にし、私たちは帰って行った。

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