漆:東果の保安官採用試験

 あれから一週間が経ち、今日はいよいよ保安官の採用試験。霧斗きりと君は運営やらなんやらで朝から駆り出されている。身なりを整え、会場の事務所へ移動する。単独での行動は何気に久しぶりだ、なんて思いながら、しまなかしラインに乗る。乗車中も勉強を欠かせない。

 保安官の採用試験は毎年5月後半と11月前半の二回。絶妙な期間にある。まあ時期が良かったのもあって、モチベーションも高い。そんな事を考えているうちに、事務所に到着。保安官に案内された先は、元は会議室であったのだろう部屋。広くは無い。やはりモダンな様式で、白い壁に黒・灰を基調とした床がそれっぽさをより演出させる。受験票を片手に着席し、自習をする。

 

 初めに国家試験、その後に保安免許試験がある。国家試験だけを受ける人も多いみたいだが、集合5分前でも私含め10人ほど。この地域にしては多いということにしておいて国家試験に臨む。

 「受験票を出して着席をしていて下さいね。」

試験監督の指示で受験者全員、スイッチが入った。一気に緊張にまみれた空気が漂っている。雰囲気にだけは飲まれるな、と自分に言い聞かせる。心臓の位置がよく分かる。

 「それでは、解答紙と問題冊子をくb○✛♡◁⚪すみませーーーんっ!!」

盛大に噛んだ。これが試験監督のユーモアなのだろうか。とにかく、会場全員がお笑い番組のように笑ったので場は収まった。


 二つとも手に渡り、記名と票券を済ませた。未だ神妙な空気感。少しは楽になったものの、目に入るテスト用紙は不安を加速させる。

 「過去の問題もあれだけ目を通したんだ。霧斗君の言いつけに従えば出来る!」

とだけ思考を回した。

 「準備はよろしいでしょうか、それでは、マジメッ!」

大分誤魔化したのだろう。

 試験が始まった。止めてほしいけど鳴り止まない筆記音が焦りを作る。早速問題を開いて、大問①。国家試験は主に法に関わっている問題が多い。これは司法関連の国家資格を取るためのもので、保安官もこれに該当する。帝國憲法ていこくけんぽう皇民律法こうみんりっぽう(いずれも帝國の法)から選出された問題は、状況下での判断問題、罪を問う問題など様々だった。壁に当たって失神することも無く解き進んだ。

 大問②。大問①の発展的な問題が出題されていた。所感なし。ツギッ!

 大問③。出題傾向は変わって、右翼的(愛国心高め常考)な問題が出てくる。皇帝陛下万歳!!

 愛国心を問う問題が次々に襲い掛かる。生まれてこの方、義務教育でしか陛下の事を知らなかった私にとって、この問題は明らかに不利だった。それと同時に沢山勉強してきた分野でもある。一般的に面接でやる手法をぶつけた。

 大問④。最終問題で、人格者であるかを問う傾向にあった。まあ、私なら問題ないだろうよと。

 そして、霧斗君からも言われていた恒例問題。

 「トロッコの分岐の先に、赤の他人五人とあなたの大切な人が一人居ます。あなたは分岐レバーを操作できる唯一の人だと仮定し、轢き殺して見殺しにするのはどちらですか?理由とともに答えてください。」

という問題。いわゆるトロッコ問題というやつだ。表現の仕方がどうかと思うが関係ない。私は、大切な人一人を生かす。理由は、赤の他人ならどうでもいいっしょ、という犯罪者の匂いがする理由。まあ、実際解答にそんなことを書くつもりはないので表現を変えて解答した。

 「上の問題の『赤の他人』があなたの家族に、『大切な人』が大切な同級生になった場合はいかがですか?理由とともに答えてください。」

これが最後の問題。これも恒例化しているらしい。

これは悩ましい。けれど、考えればすぐに答えが出た。

 「大切な同級生を生かします。理由は、―――」

理由は、両親は再起がまだ出来ない状態で、外に出られる筈が無いし、妹の紗弥果はすぐに避けられるだろう。よって全員が生き残れる。大分ヘリクツを展開したがそんなことは知らん。これも実際に解答にそんなことは書くつもりが無いため、適当に他の理由をでっち上げ、全問題を解き終えた。

 記入ミスや漏れがないかを確認し、見直し。試験時間は残り五分と丁度いい裁量。一時間は短く過ぎていった。

「終了でーーす。かいしゅ―」

国家試験が終わり、20分の休憩タイム。次は保安免許取得に向けた保安免許試験。これは筆記分野と実技分野に分かれていて、筆記は霧斗君や飛鳥瑠あかる君が言うには、それ程難しくは無いらしい。ただ問題は実技試験。やる内容は義務教育の体力テストとまったく同じらしいが、総合評価A以上が合格ラインらしい。ほかにも私が志望する一課は、本物の人喰いと一騎打ちをするなどかなりレベルが高い。というか危険。


 「保安免許試験受験の方は移動を願います。」

と先程の試験監督とは別の保安官が受験者を案内し、私も移動。

 やってきたのは別の会議室。会場用に整えてある。再び受験票を片手に着席した。

 「先に筆記試験から始めます。軽食はお早めにお摂り下さい。」

保安官が部屋から出て行くのを確認して、私は持ち合わせたカバンの中から握り飯を一つ取り出した。口に運ぶと、ほどよく塩味が効いている。旨い。

 時刻はもう11時。ここから更に一時間試験がある。

「それでは準備を始めてください。」

試験監督の指示で全員が一気に試験モードに入った。先程とは少し違う空気感。

「解答紙と問題冊子を配るので、記名をよろしく願います。」

やけに慣れた手つきで配られた二つに記名し、始まりを待つ。

『注意事項:問題は口外しないこと、そしてカンニングをしないこと。やれるもんならしても構いません。』

これは遊び心だよな?なんて思いながら注意事項に目を通した。

 「ソリデヴァ、ヴァジベデグダザァイ。」(それでは、はじめてください。)

なんて?ww、と腹を抱えて笑いたかったが、そういうわけにもいかない。

 保安免許試験は、先程の国家試験と内容が結構似ているので詳細は伝えないが、簡単だった。

 


 一時間の試験が終わり、30分の昼休憩。このテスト、休憩が多い。

 腹持ちのいいお米を摂取し昼ごはんは止め。きたる実技試験に備えて軽くストレッチ。私はこの五月で15歳になる。15歳の基準で判断をしてもらうことは霧斗君づてに了承された。総合評価Aを取るには以下が最低ライン。(得点8以上)


 握力:30Kg~

 上体起こし:23回~

 長座体前屈:54㎝~

 反復横跳び:48点~

 20mシャトルラン:64回~

 50m走:~8.3秒

 立ち幅跳び:190㎝~

 ハンドボール投げ:18m~

 総合評価A:61以上


 うん、やばい。しかもこれを一日にやるという地獄。一応、どれからやってもいいのだが、順番が大事。明らかにキツそうなものからやった方がよさそう。

 「保安免許試験、実技の体力テスト受験の方はスタートです。」

と放送が入った。私は一目散にシャトルラン会場に向かった。

 

 「お願いします!」「よーい、スタート!!」

おそらく全人類が最も嫌いな曲ナンバーワンの魔のBGMと同時にスタートした。

 ラインを踏んで切り返す。通り越さなくてもいいので最短で。

 「お疲れ様!君すごいね、78回達成おめでとう!私よりも多いよ。次、頑張ってね。」

返事が出来る余裕もなくただ聞いているだけだった。


 しばらく休憩して、次は50m走会場に向かった。

「いらっしゃい。シャトランの後に大変だね、チャンスは一回きり。用意はいい?」

「お願いします!」

 ホイッスルが鳴ってスタートを切る。低姿勢を15mほど続けて全力疾走。

「7.9秒、お疲れ様。」「どうも」

 

 「あなたずっと走ってるわね、準備は?」「OKです。」

反復横跳び。この競技は二回測定。まあ、関係ない。中央線はまたいで左右線は踏むだけで得点になる。

 「ようい、スタート。」

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ!

 「お疲れ様。優良記録の52点を採用します。」

 足が痛くなってきた。


 立ち幅跳び。これもまた二回測定。この期に及ぶと疲労も大きい。

 「どうぞ。」

 両手を大きく振り、強く両足を踏み切った。

 「優良結果の189㎝を記録しました。次も頑張って。」

 記録紙が次々と埋まってきた。

 

 上体起こし。なんで一日でやらなければいけないのかを問いたい。

 「ようい、ドンッ!!」

 30秒間、背中が地に着いたらすかさず起き上がる、の繰り返し。顎を引いて休まずやるのがポイント。

 「28回、頑張りましたね!」

 こりゃあ筋肉痛コースだなぁ(´・ω・`)

 

 ここで休憩がてら長座体前屈へ。これも二回測定。

 「リラックスしてくださいね。どうぞ!」

 お腹の中の空気を吐き出し切るまで伸ばす。もとよりの柔軟性はあるから余裕。

 「優良結果は65㎝。凄いですね。あと二つ、頑張って。」


 ハンドボール投げ。エリア外にいったボールはすべて無効となる鬼畜ルール。これも二回測定。

 「いいよ。始めてください。」

 斜め45度に左手を突き出し、体のひねり・踏み出し・腕の振りを上手く合わせて投げる。

 「15mでした。あとは握力検査だね。」

 やっとあと一つ。


 握力。私の最も苦手な分野。

 「最後に握力とは面白いね。東果あずみさん。」

 「霧斗君が担当なんだ。」

特に驚きはしなかった。

 握力は左右それぞれ二回測り、両方の優良記録の平均が結果になる。

 「どうぞ、いつでも大丈夫。」

計測器を手渡された。表示面を外側にして構える。

 「オラァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

実際、声を出すと記録が伸びる。

 「結果、25Kg。気迫もいろいろと凄いね。」

 「うるさいです。」「スミマセンデシタ。」

 

 全てを終えた感想は、かなり疲れた。記録紙は霧斗君に渡したし、次の一騎打ち試験まで特に何もないので寝ることにした。受験者用の控室には私含めた全員が休憩と仮眠をしていた。

 「ん?ふふっ、皆さん寝てらっしゃる。まあ恒例行事だから良っか。」

 「おい霧斗、次の準備大丈夫そうか?」

 「問題ないよ。一応確認はしとくか。」



 「東果さん、あーずみさんっ、」

 「z z z ……」

 「小宮 東果 15歳独身起きろッーーーー!!!」

 「何よ失礼ねっっ!!」

瞬時に目が覚め飛ぶようにサッと立った。目の前に居たのは霧斗君。

 「おはようさん。最終試験だよ。」

左手にボードを持った彼はそう私に伝えた。その時、控室に私以外の受験者は居なかった。

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