陸:戦場の空気
夜。手付かずの雑木林に連れてこられた。夏場なら沢山昆虫が見られそうな広葉樹の雑木林で、辺りは真っ暗闇。木々の葉っぱで空が覆われているが、月明かりは所々の隙間を伝って届いていた。
少し涼しい風が木々を避け私にやって来たり、近くを流れている沢の音がより一層雰囲気を醸し出している。
「今まで教えて来た最大限の事をやれば大丈夫!」
という無責任な彼の言動を元に、
「こんなところに人喰いは居ないでしょう。路地に出ましょう。」
古世の助言で、雑木林の外へ。迷わず出れて何より。コンクリートで舗装されていないただの土が固まっただけの路に出た。脇に雑草が生えている、いかにもな田舎路。横には農業用の小さい用水路が流れており、月光を綺羅びやかに反射していた。
「何処に居るんだろうね。」
「さあ、和多志には分かりません。いない方が物騒じゃなくて良いんですけどね。」
会話しながら、月の方向にただ歩いた。動作音は私の足音だけ。それ以外は静かな夜の自然の音。前に
「何ここ、すごっ」「うわぁー綺麗!」
歩いて歩いて、たどり着いた先には、広大な野原だった。雑木林に囲まれ、背の高めな草が風で揺られている。幻想的な光景が目の前に広がっていた。いくら地元でも、こんなにきれいな土地があるとは思わなかった。
「すごいでしょう?ここ。」
「!?」
直ぐに後ろを向いて身構えると、そこには霧斗君がいた。
「驚かせちゃった?」
「何の様ですか。」
「冷たいな~。ちょっと来て、獲物だよ。」
「!?」
「ほらほら、あれ。」
私たちは物陰に隠れ獲物を監察。ヤツはちょうど畑のど真ん中にいる。いくら他人の物で、作物が植わっていなかったとはいえ、すごい腹立たしい。
「さ、倒して来んしゃい。」
「はぁーっ!(小声)」
「行きましょう、東果さん。」
古世にも言われ仕方なく、倒しにかかる。ヤツは普通の農民の姿をしていた。見かけは成人男性。私は気付かれないよう、忍び足で近づく。一つの音も許されない。静音歩行を心掛け、近づく。
「古世、準備は?」
「問題ありませぬ。どうぞ。」
古世本体に付いていたトランシーバーの様な機械を手に取り、ヤツに向ける。射程距離ギリギリから狙いを定めた。
「電気ショック!!」「了解!!」
ボタンを押し、目に見えるほどの光線がヤツを目がけて一直線。
ギャアアアアアアアア!!!!と悲鳴を上げ、ヤツを黒焦げにしてやった。ピクリとも動かない。
「任務完了!やったね!」
トランシーバーを戻し、霧斗君の所へ戻った。彼はポンポンと手を叩き、
「お見事。さ、次行くよ。」
私を誘導した。また行くのか。そう思いながらも四の五の言わなかった私は、案内されるがまま歩いた。
今度案内されたのは、駅の裏手。ただえさえ昼間でも
「今度は
また無責任な。彼は何とも思っていないのだろう。テキトーに私を送り出した。言われたならやるっきゃない。古世の準備をして忍ぶ―――
「危ないっ!!」「!」
古世に言われ視線を前に向けると、眼前にいたはずの人喰いはいなくなり、私の頭上に飛びかかってきた。慌てて後ろに跳んで攻撃を避けたものの、ヤツはすぐさま体勢を立て直してこちらに向かってくる。私の右に一発、また右に一発。噛み付こうとやってくる。いずれも体を傾け避けたがこのままでは
「よそ見をしない!相手の動きをよく見て!」
古世の指導。とてもシンプルだが的確で、今の状況にとても合っている。
「よく見ろって言ったって―――」
「トランシーバ持って構えて!」
「ええっ!?」
言われるがままトランシーバーの用意。攻撃を
「照準を合わせて!」
僅かな隙を狙ってアンテナをヤツに向けた。ヤツはお構いなしに右ストレートを繰り出した。ほんの少しだけ体勢が崩れた瞬間、トランシーバーのボタンを押した。
ピッ、と反応した刹那、音が消え去り何があったと思えば、目の前に雷が落ちた。轟音と共にやって来て地面をえぐり、ヤツはもろにダメージを受けた。心臓が飛び出してきそうなほど驚愕したのか、私は後転して受け身を取った。助かった、と思って起き上がろうとした。けれど、力が……、立てない。そう、立てないのだ。轟音で神経がやられたのかもしれない。意識はピンピンしているのに、言うことを聞かない。自然と涙がこぼれたその時、
「大丈夫?東果さん、今、体全体が
古世は生きていた。とても頼もしい言葉の文は私の不安を和らげた。
「東果さぁーん!」
更に霧斗君も駆けつけた。何やら、救急箱?を持っている。
「ちょっと失礼、応急処置するよ。」
そう言って聴診器の身体に当てる方のやつ(チェストピースって言うらしい)にかなり似た金具を、おでこに一つと右腕に一つ取り付けた。
「何なの?これ。」
「角井博士特製の救急BOXだよ。すぐに治る優れものさ。」
「こんな時にダジャレ?」
「そんなこと考えられるなら、余裕だなっ。」
すると、機械音声が流れてきた。声の主はおそらく救急BOX。
「シンダンケッカ ハ、ゼンシンケイレン、ビックリショウ デス。ヤクヒンチョウゴウ ヲ ハジメマス。」
救急BOXはバタバタゴトゴト動き始めた。
「アレルギー、なんかあります?」
「えーっと、花粉、甲殻類、
「ダンゴムシ、ダメなんですね。」(ダンゴムシは甲殻類。)
「元から食べません。」
「誰が食べるって?」
「あっ、、」
そんな話をしているうちに、救急BOXは動きを止め、
「クスリ ヲ、トウヨシテ クダサ イ。」
と調合された薬を出した。受け取って口に含み、飲んだ。無味無臭の錠剤で、なんとすぐに効き目が出た。足及び全身に力が伝わるようになり、立ち上がることが可能となった。
「立てる、立てるぞ!」「大佐は止めてください」
ピンと立った私はその後、霧斗君の仕事の見学をした。この間にも行った日向町の事務所に再来し、デスクワークの見学。怒涛のタスク処理をしている姿は圧巻だった。締切間近の殺気立つ編集部とまではいかないけれど、凄かった。
「ふわぁ~~、眠いねぇ。」
今にもまぶたが仕事をサボろうとしていた。重くて眠い。そりゃあそうだ、一日中起きていたからである。オールした、というやつだ。
「ちょっと東果さん!?」
AGT(しまなかしライン)に乗って揺られていると眠くなる。隣の霧斗君の肩を借りて寝てしまった。
霧斗『無駄に動けないじゃんか……』
とはいっても距離が短いのですぐ終点。たたき起こされ改札を出たころには朝8時。朝日が昇り、木々が一日の始まりを告げるかのように風で揺られる。
「着いだぁぁ!」「ふぅ、」
霧斗君が着替えている間に、風呂を済ませて
寝た。
「あと一週間だって言うのに呑気だねえ。」
「頭働かないよりマシでしょう。」
私は夜8時まで目を再び開けることは無かった。
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