第35話 冬の東京
「さっむい!」
冷え込んできた東京の街。今日は勢ぞろいだ。皆で歩く。
「林檎ちゃーん、胡蝶ちゃーん、くっついてあるきたい…」
前を歩いている二人に抱き着こうとする。
「往来の邪魔だ」
と襟元を掴まれた。一くんは私の隣、団体の後ろを行く。煙草を吸っているからだ。今日は来るべき年末に向けた、大分早い買い出しに来ている。
あの後、胡蝶ちゃんは家の制度を変え、新しく頑張っている。道場の方に出入りできる頻度は減ったが、充実していると言っていた。杉村家での永倉さんの立場を一瞬慮ったが、特に問題なかったようだ。永倉さんには森ちゃんとお酒が飲めるよう手配しておいた。
森ちゃんは滅多に会えない存在のようで、文通相手として親しくしている。うちの
そして八朔。ぱったり消息が掴めていない。中込もだ。
私は冬が嫌いだ。自分が死にかけ、
冬になると、怖い。何かあるんじゃないかと不安になる。雪が解け春になるまで心は凍り付いて泣いている。
「今日は人が多いね。刀が邪魔なくらいだ」
「そんなこと言えるのもうお前らぐらいだぞ」
三人の帯刀者。今の日本で刀を持っているのは数えるほどだろう。反対の隣のるかくんは全然寒そうじゃなかった。
「結婚式は来春かあ。楽しみ」
るかくんと胡蝶ちゃんのことだ。それまでに、絶対るかくんを死なせてはいけない。八朔に蹴りがつけば万々歳だ。
「なあ京姉ちゃん、お年玉くれるよな?」
この少年は、あの勇気ある少年、神くんだ。ちょっと稽古をつけてあげたりお菓子をあげていると思いのほか懐いてくれた。とっても可愛い。あまりに道場に入り浸っているというので、神くんを預かることにしたそうだ。成人するまで、いるらしい。当然、買い出しの手伝いにも駆り出される。
道場は師範巴さん、師範代林檎ちゃん、補助に奥さんで運営されている。林檎ちゃんは武術もさながら、お料理も上手。稽古をつけて貰った後、とっても美味しいおにぎりが食べられる。巴さんより慕われているとかいないとか。
幕末の動乱の中生まれた彼女は、お母さんと共に寂しい思いもしたそうだ。巴さんは殆ど家には帰っていなかったと記憶している。狙われるのを防ぐ目的もあったんだろうが、単に忙しかったのもあると思う。夜の《仕事》も請け負い、仲間の支援や相談にも乗る。巴さんは皆のお父さんだった。
巴さんの意向もあって、幼少期は顔を合わせなかったようだ。「人斬りに触れるのは、よくない」と。奥さんもそれを理解し、女手一つで精一杯愛情をかけて育てた。
林檎ちゃんはそれでも、父親に会いたがった。何をしているのか知りたがった。結局は巴さんが折れ、林檎ちゃんは全て知ることになる。許容はしていないけど、否定は絶対にしない。そう言っていた。
その過去を持つ林檎ちゃんは神くんを預かることに抵抗があったようだ。できるだけ家族と過ごすのがいいのではないかと思っていた。
神くんの家は両親がいない。理由は分からない、と。双子のお兄さんとお姉さんがいるという。二人は働きに出ていて、あまり構ってあげられないことを気にしていた。神くんが少しでも、愛を受けて育てるように。好きなことに熱中できるように。そうして、道場で預かることになったそうだ。条件として、週に一回は家に帰っている。
そんな彼が信用している人物、というのは朱現くんのことだと聞いた。やっぱり、強さには憧れるのかもしれないし、それを置いても彼は裏表のない人物だ。
「朱現は絶対だからな、お年玉」
「巴さんと林檎さんの言うことをちゃんと聞いていればな。昨日、買い食いしたろ」
「…なんで知ってんだよ」
「さあな」
二人は年の差を感じないような話し方をする。神くんは朱現にそっけない感じで接してはいるが、一目置いていることはすぐに分かった。
「期待しておきな。いっぱいあげるよ」
「よっしゃ!やっぱ朱現より京姉ちゃんだよな」
「買収だ」
「違うからね、朱現くん。日頃の行いだからね」
姉のように慕ってくれるのは嬉しいものだ。お兄ちゃんもそうだったのかな。朱現くんもそうなのかな。
他愛のない話が弾み、買い物も進み、手にたくさんの荷物が重なった。林檎ちゃんと胡蝶ちゃんとお揃いの簪も買った。次こそ大切にしよう。
そこを狙う狼の眼が光る。どんな相手でも、手段を問わず獲物を狙えば逃さない。
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