第30話 歩を進める

 現れたのは、黒鉄るか。


「久しいなあ、おじいさんよ。あんたは知らないが俺はとっても元気だ。んで、また胡蝶に手出ししたんだな。しかも俺の仲間まで巻き込んで」

 京が腕っぷしでやられる訳がない。どうせ、怪しげな薬でも使ったんだろう。

 大切な恋人の元へ。大切な仲間の元へ。

「またお前か!いい加減、孫から離れて貰おうか。お前のせいで胡蝶が…!」

「ああ、また今度にしてくれよ。すぐに会いに行ってやるさ。今日はこいつらを迎えに来ただけなんでな」

 倒れている京を担ぎあげ、胡蝶の手を取る。

「じゃ、失礼しまーす。行こうぜ」

「…うん」

 振り返らない。今の胡蝶の帰る場所は、あそこじゃない。あそこだけじゃない。


「また変な面子だな…」

「超楽しみなんだけど!緊張してきちゃったかも!」

「なんでお前さんが一番嬉しそうなんだ?」

 翌々日。姫崎と黒鉄は永倉に引率され、吉原へ向かっていた。


 当主さんは普段は治療に当たらず、後進の育成や薬品の仕入れなどの事務仕事に当たっているらしい。

「そして夜は吉原に通っていると。うへえ、複雑」

 永倉さんに聞くと、吉原には遊びに行くだけではないらしい。そこらは良く分らなかった。

 永倉さんの顔見知りの遊女さんに教えて貰ったという店に当主さんはいるらしい。まだ日のある時間だが、許可を取ったようで今から向かう。

 女が吉原の往来を歩いているのは物珍しいだろうと、維新時代のように男装していった。通常の白い、短く着付けた着物ではなく、男物の袴を身に纏う。結局、刀を持っている人が三人並んでいたので、目立った。

 主人に中に通されると、既に人影があった。彼女は森崎花魁。あまりの美しさと妖艶さに、私は言葉がでなかった。


「どうぞ、はいりなんし」

 これが俗にいう廓言葉。感じたことのない種類の緊張感が漂う。

「ちょ、京から入れよ」

「遠慮する、永倉さん!引率!」

「花魁なんて会ったことねえよ、京だろこういうときは!」

 もたつく三人に禿の女の子が戸惑っている。素敵な、魅力。

「お客じゃないからね。女の子、おいで」

 微笑まれた衝撃に耳まで赤くなる。というか、男装していたのに何故。ぐるぐると思考が回る中、恐る恐る足を踏み入れた。

「忘八…主人には秘密。楽しくとはいかないが、お話ししようか」

 一般の言葉に戻してくれた彼女だが、今だ触れるのも躊躇われる気高さがあった。


「至の当主さんね、馴染みの人だよ。来ては自分の話をして帰るんだ。所帯持ちだし年だからね、床にはいったりはしてないよ」

 からかうような視線で見つめられる。お手上げだ。

 至家に真っ向向かえば確実に追い返される。しかし胡蝶ちゃんの実家で派手に暴れることもできない。そう踏んだ私はるかくんを連れて外堀から攻めることにした。

「今夜来ると思うよ。会っていきたいのかい?」

「そうなんです。私情なんですけど、いいですか」

「主人がいいと言ったなら構わないさ。これで切れる客でもないし」

 ということで、当主さんが来るまでの一時間程度、お相手してもらうことになった。

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