第27話 少女たち
人斬りは、してはいけないことだ。
「…続けよう。ここにいる者に加え、警官・剣・精兵隊にも協力を要請する。構わないか」
「精兵隊は構いませんよ。こういう時の為の組織ですし」
永倉さんが言う。
「警官に許可など要らない。命ずれば動くだろう。思うままに」
一くんは棘のある言い方をする。でも、それを咎めようとは思わなかった。
「いいよ。でも
「ああ、それで問題ない」
剣は私の宝物。拾い集めた鋼を鍛えて、鍛えて剣にした。死ぬなら私一人で良い。
精兵隊。かつて芳賀宜道を隊長に据え、原田左之助と共に立ち上げたあの靖共隊の名残。永倉を長とし剣術を持つ者を中心とした部隊。私や一くんが偶に剣術指南役として呼ばれているほど、今もなお刀に生きている者たちの集まりだが、しっかり統率が取れており政府からの信もある。
彼らは新政府に恨みがある、訳ではない。しかし旧幕側の人間は多い。故に纏められるのは永倉ただ一人である。時代の敗者として生き残った魂は消えることなく爪を研いでいる。
その後も状況確認やるかくんがここへ参加したいきさつの説明をする。数十分経った頃、人が一人近寄る気配がした。立ち上がり、扉を開いてやる。
「お話中、申し訳ございません」
見知らぬ顔だった。ということは政府の人間だろう。
「桂さん、呼ばれてるみたいだよ」
何かあったようだがそれは私の知るべきことではないの。彼が上、私は下。
「すまない、急用だ」
「これ関連なら手伝うけど、どう?」
「関連していない雑務だ。気持ちだけ受け取るよ」
「そう」
「…また使いをだそう。今日のところは先に失礼する」
立ち上がった彼に合わせ、朱現くんは腰を浮かす。何か小声で話した後、桂さんは笑った。
「京、任せたな」
桂小五郎は決して後悔しない。姫崎京子に人を斬らせることに情けをかけない。
「いいの。これしか、京にはできないから」
同じく笑みをたたえた唇を他所に、目の中には蘇芳の記憶がぽつりぽつり。
そんな姫崎を見ながら、一炉は今しがた言われた「無理をするな」という言葉を必死にかみ砕いていた。
人斬りで無くなった俺には、もう利用価値がないのだろうか。桂小五郎にとっての一炉朱現はもう、死んでいるのか。
斎藤に「人を斬れないのに刀を持つ意味はあるのか」と聞かれたことを思い出す。人を斬らなくても、人を守れる道はないのだろうか。人斬りを辞めても、人を守れる道はないのだろうか。
すぐに答えは出せない。分からない。でも、この問いを俺たちは考え続けなければいけない。
一月が経った頃。
良くも悪くも何事も起こらず、寒さだけが追いかけてきた。そんな今日、道場に遊びに来ていた胡蝶ちゃんを送る為、二人、日の落ちた往来を歩いていた。
「るか、すっかり京子ちゃんに懐いたよねえ。会ってすぐはつんつんしてたのに」
「確かにちょっと態度が丸くなったような…。さすが、よく見てるね」
「そりゃまあね」
誇らしげに頬を染めた。
胡蝶ちゃんの実家、至家はとても厳しいと聞いている。彼女はるかくんと婚約していると言っていたが、両親から認められていないような話しぶりだった。火災の日に挨拶をさせて貰った当主の姿を思い出す。薬の匂いがする、白髪交じりの男だった。
「それ、欲しいのか?」
ここ暫く、毎日見かけていた女に声を掛けてみた。
化粧をする道具が売っている店に足繫く通い、店頭に置いてあるちっこい何かを眺めてはそのまま立ち去る。適当に探して見つけた宿から、丁度良く観察できた。
「…爪紅か。塗ったらいいんじゃねえの?綺麗な手してるし」
指先で容器をつまむ。紅花が咲いていた。
「…いいんです。これは、私には使えないので」
女は俺の指先をじっと見つめ、その場を立ち去ろうとした。
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