第25話 桂小五郎改め

 会いたくなかった、なんてことは決してない。でも、桂さんは今かなり忙しいはずだ。

「そりゃあ決まってるだろ。お前たちに会いに来たんだ」

 そう言われた私と朱現くんは顔を見合わせた。


 芥、八朔の話は既に伝わっており、私たちで交戦したことも知っていた。その感想と、八朔対策の重要度に関して話す為、ここに出向いたという。

「偉い人たちの意見を持ってきてくれたてことか。京と朱現にいがそっち行ったのに」

 朱現くんが表情を緩ませる。そこで初めて呼び方が昔に戻っていたことに気づいた。恥ずかしい。茶化す朱現くんの足を思いっきり蹴とばす。

「それでは見舞いに来れないだろ」

 ここで指している見舞いというのは、町の人たちへのお見舞いのことだ。

 この人は全く変わらない。世間ではいいように言われがちだが、私の前では巴さんと同じようないいおじさんだ。


 それでも、桂小五郎が一炉朱現と姫崎京子を人斬りに事実はそこにある。


 拾われた私は剣術指南役だった師匠お兄ちゃん、姫崎凛の元で育った。この時12歳。始めた理由は自分で身を守れるようにさせる、なんてもので人斬りになんてするつもりはなかったはずだ。

 その時に、一人一人の負担を減らせるよう、複数人で《仕事》をさせようと考えていたのが桂さんだった。優しい桂さんも、世の中を変える為に必要だと思いたい犠牲があることを理解していた。でも、桂さんが真剣を抜いたところを私は見たことがない。

 優しさの前提に、人を斬る事が常にあるような考えだった。


 昔の私は何も知らなかった。剣の才があったこと。人斬りの才があったこと。


 姫崎凛の死亡をきっかけに姫崎京子は14歳で人を斬る。桂さんには何度も、人斬り役に志願することを断られていた。それでも、こちらも譲る気はなかったし、実力は認めざるを得なかったはずだ。

 桂さんはずっと、私を気にかけてくれたし大切にしてくれた。選ぶのだって、心苦しかっただろう。でもね、この道を選んだのは誰でもない私。それに、桂さんの矛盾しているところ、私は嫌いじゃない。

「変わってないね、桂さん。ずっと人間してる」


 今だけは、あの日常に戻ったように笑いかけることを許してくれ。血で濡れた手で守られていた脆い幸せを。


 八朔の特徴と、実力を伝えると事態の深刻さが浮き彫りになる。

「朱現くんも戦えているし、京は途中から手加減してなかったよ。でも、八朔とは

 相性的なものが。空気を斬っているような手ごたえの無さが残っていた。

 朱現くんは桂さんに刀を見せ、もう抜くことはないと説明している。

「もう一人に関しては、自分で会ってみたらいいんじゃない?」

 斎藤一のことだ。

「それがいい。あいつも全く変わっていない。相変わらず嫌な奴だ」

 八朔との交戦前に、朱現くんと一くんが斬り合いになったことを教えてあげる。

「そんで、京が止めてやったのか。はは、命拾いしたんじゃあないか?互いにな」

 命拾いした。あながち、間違ったことを言っていないのかもしれない。

「そんなこと言わないでくださいよ桂さん」

 朱現くんも桂さんにはちょっと弱る。それだけ、あの時の桂さんの存在は大きく遠かった。


 軽い近況報告や雑談を交えた後、そろそろかと、言った。

「じゃ、案内するよ。木戸さん?」

 ここからは、懐古などしていられない。また血の底へ踏み込んでいく。

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