第24話 救世主

 投げられる様々なものを特に避けることもなく受け止め続ける。気後れした人、罪悪感に苛まれている人が出始めたが攻撃は続く。


 そんな中、人の輪を押しのけ、一人の少年が顔を出した。

「ちょ、君危ないよ」

 小柄な体躯。その時の私は、意図を受け取ることができなかった。

「うるせえ!」

 と怒られてしまう。背負っていた竹刀を引き抜き、私の前に立つ。ものを投げつける手は止まり、あたりは鎮まった。

 少年は大きな声で。

「この人、俺たちを守る為に頑張ってくれたんだ。よく見ろ、怪我だってしてる。俺が信用している奴が、この人は悪くないって言ったんだ。だからやめてくれ、頼む!」

 目を見開く。心がぐしゃぐしゃになっていった。違うの、私が人斬りなのも、原因を作ってしまったのも本当のことなの。そんな事を言ってもらえるような人間じゃないの。


 でも。それでも。表に出してはいけないような事しかやってきていないのに、少年の信用する人物が誰なのかは分からないが、その人や少年は私のことを認めてくれた。それが、嬉しいと思ってしまうのだ。

 百の石が投げられようと、私はどこまでも頑張れる。どんなに手が汚れようと構わない。

「ありがとう。少年」

 そっと、他の人たちには聞こえないように言った。人々が互いの目を見あって様子を伺っている間、少し折れた名刺を差し出す。幕末の知り合いが教えてくれたもので、とても気に入っている。正体を明かしても構わないと思える人たちにはよく渡していた。名前と家紋が入ったものが多いらしいが、私には名乗る家なんてない。名前だけ記された白い紙はきちんと少年の手に渡る。

「また、君に逢えるように。私は姫崎京子」

「おう。俺は神(かなえ)だ」

 握手を交わす。そこに、もう一つ、人影が現れた。


「あれ、桂さん!」

 片手をあげた桂小五郎がそこに立っていた。


 こら、と軽い手刀が落ちてくる。

「相変わらず、何をやっているんだ京は」

 「そこの少年が割って入らなければ俺が止めていたよ」と真剣な顔になって言った。神くんの肩を叩き、素晴らしい勇気だと褒めた。照れる神くんは年相応で可愛いらしい。

 人だかりを向いて、私が此度の騒動を策略したのは間違いだと言ってくれた。桂さんだと言うことに気づいている人はいない様子だが、男性が出てきたことで強気に出られない。私にその気がないなら、このことは不問に処す、とこちらに視線を投げかけながら続けた。うなずくと人々はそそくさと去っていった。


 走ってこちらに林檎ちゃんが向かってきて、ぎゅっと抱きしめられる。何故か彼女が泣いていた。

「なんで泣いてるの。泣かないでよ…」

 ふと、私の目からも涙がこぼれた。

 ここ数日の私は良く、分からない。自分一人でも生きてこれていたのに、どうして他人にここまで心揺さぶられるのだろう。守ってもらえなくて、当たり前でしょう?

「京子ちゃんが怪我したら悲しいの。京子ちゃんが責められていたら悲しいの。お友達だから…!」

「京のことはいいの。京も仲間が傷ついたら悲しいよ」

「それと同じなんだよ、ね」

 解るような、解らないような。でも、きっと私を大事に想ってくれてるんだよね。

「…ごめんね、ありがとう」

 背中には桂さんの暖かい手があった。


 こんな風に泣けたのはいつぶりだろうか。昔から痛みや辛さ、悲しみでは泣けなかった。どんなに感動する小説を読んでも。派手に転ぼうと斬られようと。感情の起伏はあるが、どこか冷めているんだと思っていた。

 誰かに心配されることが、思われることがこんなにも温かいことに気づけなかっただけなのかもしれない。


 しばらくして、落ち着いた頃。

「この子、うちの道場の門下生なの」

 林檎ちゃんは神くんに手を添えて教えてくれた。今度、きちんと御礼をさせてもらうことになった。


 桂さんが乗ってきた馬車で手当をしてもらう。終始胡蝶ちゃんは心配してくれた。「怪我をしたら隠さないで必ず言うこと。もう、怒ったりしないから」と、そう言われた。胡蝶ちゃんは人の特性を見抜くのに長けているらしい。患者と接するときに磨きあげられたのか。「怪我をしないように」なんて私に言っても聞かないことがばれている。最後に手を優しく握ってくれた。


 馬車を降りると朱現くんと桂さんで話をしていた。

「悪いな娘さん。この馬鹿が迷惑かけたな」

 桂さんは胡蝶ちゃんに礼を言う。

「馬鹿って京のこと?」

「京のことだ。またなんでこんなことを」

 朱現くんに怒られる。激しく頷く桂さん。

「多分、次はしないよ」

 目を逸らしながら言った。桂さんは先ほどの様子を見て、大丈夫だと判断したらしい。

「…分かったよ。でも、後で斎藤に言いつけてやる」

「待ってよ、それ絶妙にお説教されるから」

 頭の足りない奴らに気を遣う必要などない、とか朱現くんとは違う目線で怒られる気がする。

「懐かしい名前だな。後で会えると思うが」

 桂さんは遠くを見る。過去を振り返っているのか。

「会って、何を話すの?なんで、京たちに会いに来たの?」

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