第22話 夜に
手紙にはとても綺麗な字で
‘運命の美しい人 姫崎京子様へ すぐにまた逢おう 必ず迎えにいくよ 次はもっとたくさん戦えるといいな 八朔芥玄‘
と記してあった。句を詠んだつもりなのだろうか。
「「気色悪」」
口を揃えてこぼす。八朔はすべてに無頓着な様子だと話したが、どうやら目をつけられてしまったのか。
誰かに見張られている感覚はない。とすると猫たちのことを調べ上げて接触しているということだ。
「うちの子をいいように使わないでもらいたいね」
喉を鳴らした白猫はとても優秀だ。この手紙は主人へ渡すべきだと判断したのだろう。
この怪文書が届いてから三日後の深夜、やっと睡眠をとれると署内の自室に用意してもらった布団に横たわる。
町に降りては署に呼び戻され、署に戻れば町に呼び戻されるの繰り返しだった。
指揮を任された以上、指示を出さなければいけない。だからと言って、椅子に座りっぱなしというのも納得ができない。猫と剣を足に使いつつ、自らも走り回った。
それのおかげもあってか、今回の件に関しての全ての情報を把握できている。あの後、残党は現れていない、等。情報が得られない以上、接触を待つしかできない。
替えられる暇も与えられなかった灰皿にはあふれんばかりの吸い殻が積みあがている。
手紙の内容も考慮し、近いうちに接触してくると判断した。それに備え、朱現くんたちは巴さんの道場に纏まって待機してもらっている。一くんと永倉さんは署で寝泊りだ。胡蝶ちゃんとるかくんは湯屋の方についてくれている。
流石に回らなくなってきた頭を抱え、戸締まりを確認して仮眠を取ろうとする。
その時こつん、と窓が鳴った。視線を向けると、そこには八朔がいた。
「…最悪だ」
嫌な気配はしない。ゆっくりと上体を起こし、刀を手に取った。窓を開くと、そのまま手を取られ、なんでか空を飛んだ。
細い糸のようなもので上に吊り下げられる。屋根につくとおろされ、勧められるがままに腰を下ろした。
「何の用」
眠気に疲労で、対人用の気持ちを作るのもしんどい。それでも、必要であれば刀を抜かなければいけない。だって、相手はこうやって、私の状況などお構いなしに現れるから。
そんな思いも露知らずなのか、満面の笑みを浮かべる八朔は立ったまま答えた。
「京子ちゃんの顔を見に来ただけですよ。この時間なら邪魔が入らないかと思いまして」
何故、この男は私を見ている?何かしらの興味を持っている?
一旦思考を切り替える。数日前に殺し合った相手にも関わらず、こんなにも警戒心を解いてしまっているのはこの独特の雰囲気と眠気か。匂いに例えるのならば無臭。そこにあるようなないような。
「この前も聞いたけど、なんで京を殺さない?どんな目的がある?」
重い腰を上げた。接触は接触だ。務めを果たさなければと、質問をする。煙草を咥えた。
「貴方が気に入ったので、会いに来ただけです。以前、目的はないと言いましたが、それができてしまいまして。また、次の機会にお話ししましょう」
意味深長な回答を残し私の前に立つ。じっと目線を重ねる。身を翻した八朔は夜空に姿を溶かした。
八朔は何も残さずに行ってしまった。幻覚を見てしまっているような気分にさえなる。
明日はあの人がくるんだ。少し汚れた屋根の上に大の字になる。肺の煙と共につぶやきがぼやけた。
「恨んでなんか、ないんだから」
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