第17話 芥の戦い
「「離れろ」」
私の背後から一くんと朱現くんが現れた。
朱現くんは刀を腰から抜き、八朔の手を狙った。刀身がでていなくとも、朱現くんの剣術があれば人は死ぬ。その加減は彼の技量だ。
一くんは簪を押し込もうと私の手を取る。首の皮まで、あと数ミリのところまで迫っていた。首元で先端が煌めく。
そこで、今までずっと笑みを含んでいた八朔の表情は一気に人斬りのものになった。
攻撃を避けるように素早くしゃがみこむのにつられ、簪を持つ腕ごとそのまま八朔に抱かれる。その間に朱現くんの刀を蹴とばして弾き、一くんを右手一本でひっくり返した。依然、右手は抑え込まれたままで刀を振るうことはできない。
姫崎京子は強い。しかし、16歳の少女である。故に大の男に抑え込まれればなすすべはない。それはどうしようもなく、常に壁を突き付けてきた。
だが姫崎京子には数多の他の手がある。戦闘における発想力も、また彼女を人斬りたらしめていた。
八朔はぱっと、一瞬表情を変えた。
「大丈夫ですか？危ないですよねえ」
心配そうに私に問いかける八朔。意味が分からない。私を殺したいんじゃないのか？
心底不快だったが、八朔に密着できたのは幸運だ。
「動かないで」
心の奥底を隠し、微笑んだ。じっと目を見れば、八朔も逸らさず見つめ返してくる。そこで、八朔の腹へ簪を突き刺した。林檎ちゃんと店を見たときに買った、ちょっとお高め簪。金属製のそれはしゃらりと音を立てて、血を結い上げた。
「残念だけど、これじゃあ死なないよね」
簪はそのままで距離をとる。八朔は静かに血を唇から流した。綺麗に受け身を取っていた一くんは立ち上がりながら刀を抜く。同じく刀を持ち直し、体勢を戻す朱現くん。横に三人で並んだ。
「京に合わせてくれる？」
「構わない」
一くんは私の左側へ。
「ああ」
朱現くんは私の右側へ。
私の事を良く知る二人だ。自由に攻めていく。間の隙や呼吸の間を埋めるように二人は動いてくれた。幾重にも重なっていく剣撃だが、八朔は太刀二振りで雑に受け止めていく。
「もしかして、刀初心者？下手くそだね」
八朔の剣術はお世辞にも綺麗とは言えなかった。独学の、ただ防げればいい、斬れれいいという心を感じる。それなのに、防御として成立している。
身体の使い方が巧いのだろうか。
私と一くんに、殺意はない。捕縛して尋問したい。朱現くんには、そもそも殺す気など一切ない。でも、八朔は一くんと朱現くんを殺そうとしている。
「なんで京には甘いの？」
「お気に入りだからですよ」
朱現くんの方へ向いた刃を受け止め、流した。徐々に、二人をかばう動きが多くなる。
「京」
「うん」
一くんの一言で、こちらも少し本気を出すことにした。三対一でも、楽な相手では無かった。
一層力強く踏み込んだところで、乱入者が割り込んできた。
私たちと八朔の間にかばい立った男は、私の方へ何かを投げた。先程の爆弾を見ていた為、咄嗟に斬ってしまったが、予想とは異なる様子にはっとする。
「ごめん、まずかった！煙幕だ！」
咄嗟に目を瞑る。勢いよく噴き出した煙の中、目を閉じ集中して気配を辿る。相変わらず、八朔の気配は分からない。乱入者の方を探していく。
辿っていくと、既に八朔が煙幕から連れ出されていた。不満げな八朔がそこに立っている。自らの腹に刺さっていた簪を引き抜き、髪を結っていた。
「…どういう気持ちでそんなことしているの？」
「素敵な女性からの贈り物じゃないですか。大切にしますね。で、お嬢さんお名前は？」
会話がかみ合っていない気がする。
残念だがこのまま逃げられるだろう。だが、勿論逃がしたくない。折角掴んだ尻尾。こちらからは居場所を辿れないのなら、相手側から近づいて貰おう。その為の餌を撒いておくことに決めた。
煙草を取り出し、新しいマッチの箱を開ける。煙幕と煙が混ざった。
「四大人斬りが一人、姫崎京子。いつでも相手してあげるよ、八朔」
煙幕が染み込み、一筋涙が走る。太陽を背に微笑む血塗れの少女を誰が恐れずにいただろうか。
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