第12話 決まりごと

「しろちゃん、案内ありがとう。ここで待っててくれる?丁度いいところにきたね、おじさん」

「それは良かった良かった。でもおじさんって呼ぶなよ?…またでかくなったか?」

「もう成長期過ぎてると思うんだけどなあ」

 煙草の火を消したこのおじさんは、元新選組二番隊組長永倉新八だ。頭に伸びてきた手を避けようとして、思い直す。撫でられるのは嫌いじゃない。


 元新選組の面々で仲良くしてくれているのは一くん、永倉さん、それに沖田くん。沖田くんは少し前に病で亡くなっている。私がきちんと話をしたことがあるのは《新選組の沖田総司》ではなく《ただの青年の沖田総司》。叶えば一度剣を教えてもらいたかったものだ。敵としては、こんなに嫌な相手はいなかった。


 永倉のおじさんは私と同じように、正式に政府側に所属していないものの協力関係にある人物の扱いだ。精兵隊というのを組織している。こちらは荒事対応が多いらしい。頭脳派の剣とは正反対の組織だ。政府に関わっていたおかげで知り合い、今では飲み友達。二週間に一回は飲み歩き、永倉さんが一くんに担がれて帰る。それが日常だ。私の周りはなんでこうもやれ煙草だ酒だみたいな人が多いんだろうか。


 今回永倉さんを呼んだのは、予想より相手の規模が大きかった時の保険だ。永倉さん本人は勿論、精兵隊にも協力を仰ぎたい。


 二人で並び、廊下を歩いた。

「婿養子に入った杉村家が胡蝶ちゃんが出入りしてる医者の家でな。偶に顔合わせてて、良く出入りしている蘭家のこともなんとなく知っていたんだが言う機会がなくてな、すまん」

「いいの。知らなかったし、気にしてないよ」


 永倉さんが現れると巴さんと黒鉄くんはそのままに、他二人は立ち上がった。驚きを隠せない様子の朱現くん。

「まあそんな、ただ年を取っているだけのおっさんに済まないね」

 明るく、永倉さんは朱現くんに手を差し出した。

「これはまた、随分な人を引っ張ってきたな。どういう人脈なんだ?」

 その手に、快くしっかりと答える。

「ふふん、人と仲良くなるのは得意技だからね」

 横で腰に手を当てながら背を反らす。

「お久しぶりです、永倉さん。お元気そうで何よりです」

「おうおう、お前もちゃんとやってるかい」

 頭を下げた一くんに肩を組みだす。ちょっと、いや結構嫌そう。

 巴さんはまるで旧友にあったかのようだった。

「こんなところで会う日が来るとは」

「あんたの道場なんだろう?こりゃあ立派なもんだ」

「はは、まあ、よろしく頼むよ」

 がっしりとした手が重なり合った。

 この二人は特に人がいい。斬りあったことがあったとしても、違う空気を纏い、歩み寄ればそこにいるのは命を掛け合った友人なのかもしれないと思う。そういう人たちだった。

 「誰だこのおじさん」という顔をしている黒鉄くんには自己紹介をし、頭を撫でる。黒鉄くんの思っていた「永倉新八」とは様子が違うようだ。戸惑いながらも持ち前の快活さで、どうやら波長が合いそうだ。


 お互いに自己紹介や雑談を交えたところで、六名での顔合わせが始まった。


 まず約束事を決めたい、と手を挙げたのは朱現くんだった。

「できる限り、単独行動を避けよう」

「なぜだ。効率が下がるだろう」

 理由を問う一くん。私は何となく分かってしまった。昔からそうだ。私が一人で《仕事》に行くことをなかなか認めなかったあの朱現くんだ。

「危険をできるだけ減らすためだ、分かるだろう?」

 朱現くんの言い方に一瞬、思うところがありそうだったが、何も言わず溜息をついた。

「京はきっと、るかくんを独りでは行かせないけど、一くんなら行かせるよ。それでもいい?」

「…それは俺が」

 るかくんは不満を露にする。

「実戦の経験」

 強い言葉で遮った。

「私も、朱現くんも、一くんも、永倉さんも、それに巴さんも。幕末、闘って生き抜いてきたの。それにるかくんが急に追いつくなんてことはない。低く見てる訳じゃないの、分かって」

 これには反論が無かった。

「姫ちゃんの言うことは最もだ。だが、姫ちゃんはいくつになった?」

「…十七」

「黒鉄くんは」

「十九だ」

「な。姫ちゃんが一番年下だ。言われるのが嫌だと言うのも知っている。それでも、おじさん達は姫ちゃんや黒鉄くんを守りたいと思うのさ。それもようく理解してくれ」

 永倉さんは、そう言ってこちらを見た。少し苦い顔をしてしまうが、これもまた、ひっくり返せないものだ。

「分かった」


「作戦はどうすんだ」

 黒鉄くんはとにかく行動を起こしたい様子だ。

「作戦ねえ」

 正直、思いつかない。

「人前に、それも正体を掴めそうな奴の前に姿を見せている。ということは何かしらの思惑があるんだろう。だが」

「それを掴む方法は無い、と」

 一くんの言葉を巴さんが繋ぐ。

「そうです。後手に回ることにはなるが、事が起きた時に最善の対応を取るしかないだろう」

「そうだね。後は、既に亡くなってしまった人がいた場所に行ってみるとか。そこで手がかりを探す」

「いいんじゃないか」

 私の提案には朱現くんが賛成してくれた。

「こちらが先に影を踏むか、はたまた先に手を出されるかだね」

「どちらでも、出来ることをするまでだ」

 一くんが一度場を締めた。


 各々連絡先を交換し、先に私とるかくんが退出する。

「頑張ろうね。次また会えたら、美味しいご飯でも食べよう」

「おうよ」

 拳を突き合わせ、楽しく笑った。


 若い二人が退出し、緩衝材がなくなった空間には静けさが漂った。

「…姫ちゃん、大人になったなあ」

 永倉が言う。巴に煙草を断られている。

「ええ、昨日会ったばかりですけど」

 話しかけられた一炉が答える。

「今斎藤と一緒に住んでんだろ?全く、不思議な子だよ」

 けらけら笑うが、それは永倉だけ。

「「は?」」

 と顔を引きつらせる一炉と巴の怒声が響く。斎藤はこめかみを押さえ、諦めた顔だ。永倉が一応手を合わせるも、一炉は斎藤に詰め寄る。その姿はまるで父親のようだった。


「向こう、騒がしくしてるね。林檎ちゃん、胡蝶さん。今日はごめんなさい。迷惑かけちゃって…」

 頭を下げると、「気にしてないよ、いつもの事だし」と返ってきた。それはそれでどうかと思うが突っ込んでは聞かないことにした。

「胡蝶さんはお医者さんなんですか?」

「ええ。でもそんな堅苦しくしないで」

「じゃあ胡蝶ちゃん。お世話かけました」

「医者の仕事、いつでもお任せ有れ」

 ふふふ、と三人で笑いあった。


 気づくと空には満天の星が輝いていた。過ぎ去る時間を止めることはできない。

 残っていた人らはやっとお話が済んだようだ。帰宅組と胡蝶ちゃんを送るるかくんが門を潜る。


「次、一週間後にまた集まろうね。その前に何かあれば訪ねてきて」

 ひらひらと手を振った。見送ってくれる巴さんたちの姿は家族を感じて、何処か寂しくなった。


「なになに、姫さんよ。結婚したくなったって?」

 待ちくたびれていたように、煙草に火をつける。

「おじさんうるさいよ。もう夜だから。ご近所迷惑」

 永倉さんのこれだけはどうも防げない。胡蝶ちゃんが隣を歩いていることを気にして、火を消した。


 ふと、胡蝶ちゃんの反対隣にいる人に

「結婚する?」

 と聞いてみた。一息煙を吐いてから返事が返ってきた。

「しようか」

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