第13話 幸

 思わず足が止まる。胡蝶ちゃんが乙女の顔でるかくんの背中をばしばしと叩いている。予想外の展開に永倉さんはにやにやしながら腕を組んで見守っている。


「うん、えっと、うん。喜んで…?」

 頭の中が大混乱だ。


 胡蝶ちゃんが私の腕を取って男衆を突き放す。その場で華麗に一回転した。

「京子ちゃん!おめでとう!」

 握った手を全力で上下に振る。そして小さい声で自分とるかくんも婚約していることを教えてくれた。こんな素敵に告白されてないと口をすぼめるが、何故か彼女がとても嬉しそうだった。今日が初対面なのにどうしてなのだろう。


 二人はどういう関係なのか、と聞かれるもののどう答えるべきか分からなかった。同居こそしているものの、結婚以前に付き合っていた記憶もない。そう思っているのは永倉さんだけだと。後ろで一くんもその永倉さんに肩を組まれ小突かれている。るかくんも、同じく肩を組んでいる。


 困った私は、こう答えることにした。

「一緒に生きていく人、かな」

「どういうこと!素敵!」

 どうやら琴線に触れたようで、胡蝶ちゃんに抱きつかれる。こういう年頃の普通の女の子のことは、よく理解できない。


 ごたごた揉みあっているとあっという間に大通りにつく。胡蝶ちゃんが連絡先を差し出した。

「良かったら、ここに連絡して。また京子ちゃんとお話したくて。お友達になってほしいな」

 その言葉に、今までにない感情が溢れる。林檎ちゃんとご飯を食べたときにも片鱗を感じた、この気持ちは何と言うのだろう。自分がただの女の子になれたような気がしてしまった。


 一くんと永倉さんは四大人斬りの《姫》である姫崎京子を知っている。維新志士の姫崎京子を知っている。それでも、連絡先の記された紙を、早く受け取りなされと視線を送っている。空に輝き民を見守る星のような暖かな気配を感じた。

「京も友達になりたい…。ありがとう」

 満面の笑みで彼女を見つめた。


 二人と別れ、残る三人。俺もここでと永倉さんが道を外れた。「好きに生きろよ」と私たちの背中を叩いて去っていった。


 胡蝶ちゃんの前では一応気を遣って吸わなかった煙草を取り出す。否、可愛い子だと思われたった。一くんから火を貰う。なんだか昨日の夜からあったかい、そんな気がした。

「ほんとに結婚してくれるの」

 煙が二人を包む。

「しようと思ったことは何回かある」

「へえ。いつから。京のこと好きなの?」

「…好いているとは思う」

「何、その言い方」

 全く怒っていない。

 ぽつりぽつり会話を重ねる。分かったのは、一くんは一緒にいて邪魔だと思わないから結婚しようと思ったということだ。相変わらずこの人の考え方の意味不明さには敵わないが、京は俺のことが好きなのかと問われた際、似たような返しをしたので同類かもしれない。


 家につくと、和洋折衷なこの家の滅多に使われないホールで待つように言われる。すぐに戻った一くんは三つ、小物入れを取り出した。左手を出すように言われる。薬指には見たことのない金属が通った。細かな彫刻が施され、光を放つ宝石が埋まっている。

「なんていうのこれ。初めて見た…」

「指輪」

「ゆびわ」

 なんともそのままな名前を教えて貰った。仕事で外国から来た人に会ったときに知った文化だそうだ。

 婚約するときに男性から女性に。結婚するときには交換するらしい。日本で手に入れられるところは少なく、これは知り合いの刀匠の知り合いの職人さんが作ったものだそうだ。

 指輪を嵌めたばかり右手を離し、左手にもう一つの指輪が嵌まる。結婚しようという言葉と共に。受け取った対の指輪を一くんの指に通した。

「共に、この世界を_」


 物陰からすすり泣く音がした。当然、二人とも屋敷の人間が覗き見ていることには気づいていた。

「旦那様。良くやりましたね。老いる前に見届けられて幸せでございます」

 涙ながらに褒める家政夫さん。女中さんたちは手を取り合い喜んでいる。

 私がこういう生活ができるなんて、考えたこともなかった。だけど、周りはそうではなかったらしい。皆が喜んでくれるのなら、悪くはないのかもしれない。


 なんだかんだで遅くなってしまった為、軽い夕飯を済ませ風呂に入る。両手を見つめて胡蝶ちゃんに言いつけられたことを思い出した。


 至家は全員が薬を作れる。故に誰がどの薬を管理しているか分かるように一人一人目印をつけると。名前に動植物が入る家系なので、それにあわせたものが決められる。別れ際に貰った、切り傷に効く軟膏が入った器を褒めたときに言われたことだ。羽ばたく蝶の絵はとても美しかった。

 一日二回ほど塗りなおすこと。次会うときに傷口を見せること。これらをしっかり約束して帰された。女中さんがやりづらいだろうと塗ってくれ、包帯まで巻いてくれた。


 手の届く範囲に愛刀を置き、寝床に飛びこむ。身体を横たえて寝るようになったのはこの家に来てからだ。既に寝室におり本を読んでいる彼に声をかけた。

「おやすみ」

「おやすみ」


 姫崎京子は浮かれていた。苛烈な人生の中、初めて友人を得て、伴侶を得て。ひと時の幸せを享受しすぎていた。

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