第10話 夢と願いと葛藤
「じゃあ早速だけど、芥の人相教えて欲しいな。くろちゃーん」
物陰から姿を現したくろちゃんに場がほっと緩む。流石私の猫ちゃん。
「大柄な男性。太刀を振るう上、二刀流。独特の空気感があって、気配が辿りにくい。あと、入れ墨が入っていた」
紙に絵を描いてくれているが、朱現くんの絵は酷い。どこが頭なのかも良く分らない。線もがたがた。これには期待しないでおこう。
「入れ墨って京のみたいなやつ?」
「違う。手のひらや首なんかの見えやすいところに入っていた」
「え、お前入れ墨入ってんの…」
口が空いているよ、黒鉄くん。私の背には一面、女性の和彫りが入っている。
「どこで会ったの?」
「詳しい場所は俺も把握していないが、少なくとも人が良くすれ違うような場所では無かった。只の森の中だった」
「じゃあ、朱現くんに会いに来た可能性もあるよね」
「自分が存在していることを示したかったのか」
一くんはぴしゃりと告げた。
「外れては無いと思うぞ。芥の存在は四大でも不確かなものだった」
巴さんが腕を組んだ。
「これだけか。でもないよりいいよね、協力ありがとう。…すぐに捜索を手配するけど、あんまり期待しないでね。ちなみにさ、朱現くん以外にそれっぽい人に会ったことある人いる?」
ある、と言って手を上げたのはのは巴さん。そして巴さんの様子を伺った林檎ちゃんだった。
数か月前、朱現くんの前に姿を現した後ぐらいの時期、それらしき人が道場に来たことがあると言った。道場で稽古を見学し、門下生と談笑していったそうだ。旅人のように見えたと言う。話を聞いていくと、その時は帯刀していなかった上に芥だと名乗っていない。
朱現くんには少なくとも、まだ私と一緒にいるときには接触してきていなかった。何故今なんだろう。何故私や一くんの前に姿を現さない?
単純に、政府下で動いている人間に接触したくないだけなのだろうか。
それでもいくつか分かったことがある。朱現くんと巴さんの知り合いではないということ。私や一くんも恐らく知らない人物。朱現くんが嘘をついていて実は芥だった、という線は消えた。林檎ちゃんも目撃しているから、道場を訪れたのも本当だと考えられる。一くんもそれが分かったようだ。
嫌な感じがしている。おまけに、私との相性は最悪そうだ。
一くんと席を外し、由良と必要な情報を纏める。芥の人相、元四大のうち二名と協力関係を築けたことを記載する。要人らにそれらしき人物が接触してきた、または既にされている場合はすぐに私たちへ報告を挙げるように付け加えた。ついでに請求書も添付する。
芥の捜索はひとまず、一くんの部下に回すことにした。剣は優秀だが人が少ない。そういう点を考慮した結果だ。由良にも持ち帰ってもらい、剣でも共有する。くろちゃんに書簡を持たせたところで、私たちと他の人らを遮っていた襖が開いた。
「俺にも協力させてくれないか」
そういうのは黒鉄くんだ。膝に手をつき頭を下げる。後ろから巴さんと朱現くんが見守っていた。
「俺、昔維新志士になりたかったんだ。でも危ないからって周りに入隊を認めてもらえなくてさ」
再び先程の位置に戻り、話を聞く体勢を取る。黒鉄くんはそう教えてくれた。維新志士になる為に鍛えた技術を、維新志士に成れなくとも人の為に使いたい。私が戦力を集めにきたのなら力になりたい。そう訴えてきた。
黒鉄くんの想いを分かってやれないことはなかった。今の世の中、維新志士になる為の剣術なんて殆ど必要とされない。今を逃せば一生鞘の中。でも、だからといって今更道連れを増やしたいとも思わなかった。
「るかは《仕事》についても知っているし、維新志士に関して大体のことは教えてやったよ。志士に幻想を抱いている浅はかな青年じゃない」
朱現くんは優しい声で言った。朱現くんは当然、志士の辛さも裏側も知っている。それを含ませてもなお、こう言った。
「でも朱現くん、京は勧められないよ。相手は人斬り。対峙して生きれる保証なんてないんだ」
こういうが、本心は悩ましい。戦力を集めに来たのも事実だ。そして芥側がこちらにちょっかいをかけているのは明らかだ。そう考えると彼が一人で向かってくるとは思えない。それなりの味方をつけているんだろう。ここまで狡猾にやってきた相手だ、いくらでも保証となる力は欲しい。
一くんに目配せすると、別に構わない様子だった。確かに、目的に必要なら誰が参加しようと気にしない男か。私がここに来る前のひと悶着で、何か思うところがあったのかもしれない。それに少し驚いた。
現在主力の手札として切れるのは私・朱現くん・一くんのみ。剣は戦闘にだす予定はないので、除外する。警官も大した戦闘力は持ち合わせていない上、所帯持ちも多い。戦闘に関しては基本は除外。もしかしたら一くんの部下が少し回せるだろうか。一人だけしろちゃんが呼びに行っており、もうすぐ到着するあてがあるぐらいだろうか。
巴さんと朱現くん、一くんまで否定しないのなら拒みずらいところではある。だからと言って遊びじゃないんだ。この件に関して、命を受けたわけではないが主導権を持っているのは私だ。もし、死なせてしまったら、半分は私の責任。
「よし。だったら京と一戦交えてもらおうか、黒鉄るかくん」
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