第9話 紛れもなく、事実
何故、わざわざ一くんを元維新志士ばかりの四大と引き合わせているか。これは単純明快で、一つに強いから。問題の人物に対抗しうる、現在も第一線で刀を振るっている人物だからである。私たち三人はもう、《仕事》は引き受けていない。これは命を下してきた新政府側が認めている事実だ。
「一くん。何しにここきたの?」
「俺たちが一炉朱現を探していたのは、芥に関する情報を持っていて、また対抗しうる戦力になる可能性があるからだ。どちらも無ければ興味はない。それの確認をしにきた」
それって、半分ぐらいは一くんの個人的な興味の問題じゃん、とは言えなかった。きっと私の知らない彼らの話もあるだろう。一くんが私と手を取ることを選んだように、それを選ばない選択もあるということだ。
「いいよ、分かった。やっぱり先に手を出したのは一くんね。でも応戦しちゃったからね、朱現くん。どっちも悪くないけど悪い。喧嘩するのは自由だけど、今の生活をしている人に迷惑かけるのはだめでしょ」
巴さんが大きく大きくうなずく。巴さんは維新志士と新選組に善悪をつけない人だったから一くんと同じように考えているのだろう。なんの屈託もなくお茶を出し、握手していた様子を見ればわかる。
私たちは、誰も自分を《善》だとは考えていない。あの時代において、善悪など無いに等しかった。でも、きっと正義や大義はあった。
「京からのこの話は終わり。巴さん、そこの由良に言ってくれれば、修繕費出すからね。後は本人たちに直させるから」
二人を睨みつけながら言う。
「分かった、それで許してやろう。が、次やったら承知しないからな」
腕を組んで楽しそうに巴さんは笑った。この人もずっと変わらない。
ここまで、話を聞いていたのはこの場にいる全ての人間だ。
次は四大人斬りの話をしなければいけない。過去の《仕事》に関しても言及しなければならない。特に巴さんにそのことを確認する。
「こっから本題に入るけど、それは林檎ちゃんが聞いててもいい話?」
と問うと、静かにうなずいた。
「お前が言ってる四大ってのは四大人斬りの事か?」
立ったまま、壁にもたれている黒鉄くんが口を開いた。私に対しての問いかけだったが、これには朱現くんが答えた。
「ああ、そうだ。直球に言えば、俺、巴さん、京がそのうちの三人だ」
空気が揺らいだ。
林檎ちゃんがきっと一番動揺すると思う。巴さんが一人も人を殺していないなどは思っていないだろうが、それでも父親が人斬りと呼ばれているのは衝撃だろう。昨日、普通に買い物に出かけた女が人斬りだったのにおびえているかもしれない。
この事実は黒鉄くんも林檎ちゃんも知らないようだ。四大というのは幕末に裏でささやかれたものである。黒鉄くんがそれを知っていたのは驚きだった。
「…そうなの、京も人斬り。最近、四大の誰かと思われる人物が動いていて、その対策の為にこうして集まった」
「一炉に蘭…さん、心当たりはないのか」
次は一くんが沈黙を破る。こういう時に絶妙に遠慮がないところは好いている。
巴さんから返答がある。
「人並みに噂は聞いているよ。だが俺は既に刀を置いている。明治になってからそういうことはしていないし、もう若くない」
朱現くんが続ける。
「俺も、刀こそ捨てていないが二度と人斬りをすることはない。人に刃を立てることはもうやめた。でも、噂に関してある程度情報は持っているよ」
一くんが何か言いたげだったが首を振った。碌なことではない。その様子を見て朱現くんは付け足す。
「人殺しは御免だが、必要とされているのであれば協力するよ。遠慮なくいってくれ。…この騒動は芥のもので間違いない。俺は半年前ほどに芥に直接会っている。その時、人を斬っている場面を確認している」
彼の言っていることが全部、嘘の可能性はある。芥が朱現くんの前にしか姿を見せないのも気になる。しかしまあ、そんな人物でないこともよく知っている。芥が動いていると判断していいだろう。
「朱現くんを疑うなんてことはしないけれどさ、なんでその時点で政府に報告しなかったの?」
単純な疑問だった。朱現くんがそんな奴を野放しにしておくとは思えない。
「俺の身勝手な判断だ。もう一度政府側に関わってしまえば、また人斬りに戻ってしまう気がしたんだ」
理解ができない訳ではない。
「身勝手だな。そのせいで犠牲者が増えた。それに、人斬りは一生、人斬りだ」
一くんがそういうのも、否定できなかった。
「分かっているさ。それでも…」
「人斬りを辞めた自分でいたかったんでしょ?」
それはきっと大事なこと。私とは違う想い。
四大の内、半分が人斬りをやめていた。これは平和の証として大変喜ばしいことだろう。そういう時代の為に、維新志士は戦っていたのだから。しかし、芥に対抗できるかは不安かもしれない。
今もなお、人を斬り続けているのは芥だけなのだから。
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