第8話 集結

 突然、自分と敵の間に一言告げた乱入者が姫崎京子だと気づいた刹那、首から1㎝もない所で二振りの刀が止まった。切り裂かれた空気だけが肌に触れる。


 私はただ、そこに立っただけ。僅かな怒りは殺気に変わり彼らを威圧した。それで、先ほどまでの殺し合いを止めるには十分だった。


 私は耳が良い。その為、気配を掴むのを得意としている。それに伴い、気配を調整するのも巧い、と言われてきた。林檎ちゃんのような一般人には分からず、それなりに修羅場をくぐった者だけが気づけるように。その程度の僅かな殺気だが、動乱を生き抜いた者からするとそれが命取りになる。

 私の存在を2人に分からせることが目的の場合、これはとても都合が良かった。


 行き場を失った刀と重苦しい空気が流れた。


 抜刀しなかったのは、自らに刃を向けられていないからだ。姫崎京子には相手より先に抜刀しないという戒律をもっている。師匠お兄ちゃんに、仲間になんと言われようと、生存率が下がろうとこれだけは刀を持ったその日から守り続けてきた。刀を抜くときはあくまで、防衛。それは少しでも自分を正当化したいという思いがあるからなのか。


 沈黙を破り、先に謝ったのは朱現くんだった。

「…すまなかった」

 すぐさま突っかかった。

「ここ、巴さんの道場でしょう?林檎ちゃんも黒鉄くんもいて危ないし、そもそも真剣つかってるのおかしい。鞘から抜いてないとか関係ない。もう明治の世なんだからさ、そういうの分かってると思ってた。反省して!」

 しょんぼりした表情の朱現くん。ひらりと向きを変え、今度はこちらに説教する。

「一くん!どうせ先にちょっかいかけたんでしょ!女の子もいるのに信じらんない。京はこうなると思って住所教えなかったの。会うときはこっちで手配するから待っててねって言った!反省して!」

 誰とも目線を合わせずに小さい声で一くんが謝る。

「はいはい、悪かったよ」

「京じゃなくて、ここの主に謝るべきだね。ね、巴さん」

 もう一度向きを変えるとこぶしを握った巴さんが立っていた。


 ついてきてくれたしろちゃんに、剣の誰かを呼ぶように書いた紙を持たせる。了解の鈴を鳴らし消えていく姿を見送りながら、お茶に手を伸ばした。


 巴さんの拳骨と林檎ちゃんの平手打ちを食らった朱現くんと一くんが手当を受けている。治療をする為足を運んでくれた彼女は、至胡蝶というそうだ。胡蝶さんは黒鉄くんの許嫁らしい。優秀な医者で、これまた優秀な医者に師事しながらここの道場でよく手当しているそうだ。どんだけ怪我をするような事をしているのか。


 黒鉄くんは朱現くんと話しているようだ。まだ説教されている。先程の出来事でどうやら黒鉄くんに警戒されてしまったみたいだ。朱現くんは腰を低くして怒られている。それでも朱現くんは一くんに対する警戒が抜けていない。


 説教がひと段落ついた様子を見計らって、私は巴さんの前に正座し、頭を下げた。

「蘭巴殿。大変お世話になりました、姫崎京子です。突然の訪問をお許し下さい。この度は四大人斬りに関してのお話があり、伺わせていただきました。つきまして、斎藤一の非礼をお詫びいたします」


 外で話をしていた一くんと駆け付けてくれた由良が驚いた様子だ。そこまでする相手なのかと。当然だ。彼には一生かけても返せない恩がある。二人はその場で深く頭を下げてくれた。


 巴さんは、同じように正座し、私を政府の人間として、そしてかつての仲間として再会できたことが嬉しいと言ってくれた。事情はなんとなく察している、協力は惜しまないとも。


 明治2年。今ここに蘭巴・一炉朱現・姫崎京子の三名に斎藤一が揃う。やっとここま辿り着いた。


「皆に話したいことが一杯あるんだけど、先に朱現くんと一くんの話を聞いてあげるよ。何があってあんなことになってたの?」

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