第7話 懐かしの乱闘
翌日。帯刀者改め一炉朱現の対応や抜刀隊の処遇について署内は慌ただしかった。どちらにも首を突っ込んでいる私は、それなりに対応をしていなければいけない。しかも、今朝から一くんの姿が見当たらなかった。
一くんが周囲に行き先を告げずにいなくなることは珍しくない。それでも今日はなんとなく何か起こる予感がした。朱現くんのせいだろうか。
今日最も忙しくしている、姫崎京子を長に置く「剣」という部隊には4人の部下のみが所属している。警察協力組織の位置づけになっているが、なんせ全員が優秀な為、困りごとから荒事まで様々な案件が放り込まれるようになった。
有馬、村雨、由良、真木の四人は署内に住み込んでおり、朝から彼らの前には列ができている。彼らは私の事情を理解した上、芥の件のような裏に片足を突っ込んだ案件にも対応してくれる。
部下の優秀さに浸っていると、悲鳴と怒声が聞こえてきた。
「姫崎京子を出せ！早く！」
「なんだろ。今日誰か来る予定あったっけ？こんな粗野な」
「ありません。少々お待ち下さい」
出せ、ということは探されているようだ。近くで仕事をしていた有馬がすぐ様子を確認しに行く。
「すみません、姫…」
数分後、有馬がしがみついた不審者が現れた。
「暴れない？」
「暴れてない。走ってきただけだ」
「有馬、その体勢辛いでしょ。離していいよ」
山のように積みあがった書類をどかし席を用意する。
息を切らすことも無く爆走してきた彼はこれだけ告げた。
「人が死ぬ、早く来てくれ！」
良く見ると背中に刀を背負っている。もしや、一人思いあたる人物がいる。
「もしかして、黒鉄くんだったりする？」
黒鉄るかくん。昨日朱現くんに聞いた人物の名前だ。朱現くんに喧嘩を売って、勝負には勝ったが追い返せずに一緒に道場に居座っていると言っていたあの。
剣に後を任せ、黒鉄くんについていくことにした。警察署まで走ってきて、折り返してなお疲れた様子を見せない。なかなか体力がある様子だが、どうしてわざわざ私を呼び寄せたのだろう。今の世の中、私が止めることのできる人の死はそうそうない。
黒鉄くんの速さに合わせて走っていたのを早め、隣に並んだ。
「それで何の用なの？もうここまで来ちゃったからなんでもいいんだけど…」
速度を上げた私にちょっと驚く。
「朱現と黒髪短髪野郎が急に戦い始めたんだよ。俺らじゃ手のつけようがないんだ」
黒鉄くんは私が聞き取れるようにはっきり大きな声で言った。どうしよう。不味いが相手側に心当たりがありすぎてしまった。
巴さんはいなかったのか、黒鉄くんでは止められなかったのかと問うと首を振られた。巴さんと門下生は出稽古中で、道場には林檎ちゃんが留守番していたらしい。お使いを頼まれていた朱現くんと黒鉄くんが帰ると黒髪短髪男がおり、あれよという間に戦い始めてしまった、という状況らしい。
「俺なんていないように戦ってるんだ。林檎にも止められないし。でも、林檎が昨日会ったお前のことを思い出したから呼びに来たんだ」
「成程」
思案し、予感が当たってしまったことに落胆する。もっと注意すべきだった。このままでは最悪二人とも死ぬ。
「黒鉄くん、もうちょっと早く走れるかな？」
「おう、任せろ」
黒鉄くんは多分凄い子なんだろうと思う。結構本気で走っていても付いてきてくれる。機動力は自慢なんだけど。おまけに背負っているのは、大太刀だ。大太刀というものは一人では、というか人間では扱えないと言う人もいる。どうやっているのかは分からないが、それを扱えるというのは相当だ。
でも、黒鉄くんには絶対2人を止められない。
黒髪短髪男は一くんだろう。私は一くんには蘭家の住所を教えていない。こうなることが十二分に予想できるからだ。しかし、朱現くんが蘭家にいるという情報は渡してしまった。そこから割り出すのは一くんなら容易だったろう。迂闊だった。
正直ここまで早く手を回すとは思っていなかった。急いている。それは、単なる様子見かもしれないが、恐らく芥に関係するところだろう。
一くんは躊躇なく、人を殺す。それは私も幕末から何も変わっていない。しかし私たちは無差別殺人をしているわけではない。
殺しを正当化することはできないし、するつもりもないが矜持はある。
そういう点で、昔からどこか違う芥を四大に数えることを否とする人はいた。そこに共有できる信念はなかった。
斎藤一は今政府側の人間だ。暴れまわる芥と思わしき人物を許容する理由はどこにもない。私は朱現くんが犯人だとは思っていないが、もしそうだった場合は私も同じ考えだ。
だからと言って、斬りあうなよという気持ちはある。子供かよ。黒鉄くんに止められないのは当たり前だ。彼は殺し合いを知らない。あの時代を知らない。ただそれだけ。林檎ちゃんが私を思いだしたのは偶然かもしれないが正しい判断ではある。
道場についた。そんな場合ではないのだが、あまりの大きさに驚く。巴さんたちいい暮らしをしているようで少し嬉しく思う。
黒鉄くんが勢いよく戸をあけると、隅で泣く林檎ちゃんと斬り合っている二人がいた。壁や天井のあちらこちらには刀傷が入っており、鉄の匂いが立ち込めていた。一くんの鞘は真っ二つになっているし、朱現くんは裸足。少し懐かしくも感じてしまう状況にはっとする。このまま戦い続ければ道場が先にぼろぼろになってしまうだろう。
「林檎ちゃん、林檎ちゃん。大丈夫？怪我してない？」
丸まって、震えている肩を優しく叩く。
「京子ちゃん…！どうしよう、突然…」
「うん、分かった。早く外出てて」
二人は私が来たことにも気づいていない。林檎ちゃんをそっと道場から出す。黒鉄くんに決して気を抜かないこと、何があっても絶対にここから動かないことを伝える。
幕末の生き残りのやりあいに割り込むのは数年ぶりだ。実はよく止められていた方だとは言えない。羽交い絞めにして止められていたのは良くある事だった。
緊張を破るように歩を進める。真っすぐ、二人の方に。後ろで息を飲むよな音がした。
「二人とも、いいかげんにしなよ」
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