第2話
「ノア。あなたをヴァーミリオン家の一員として認めます。これは、他の家も同じ考えです」
ブロンズの髪を持つ女性が、机を挟んだ向かいにいる黒髪の少年にそう伝えた。
両者に共通しているのは赤い瞳。
六人のうちの一人、ノアは今日、その血を引くヴァーミリオン家の一人として認められた。
六人の大魔法使い、その子孫へと続く六つの家。ヴァーミリオン、レモンフィール、ライムルーン、アクアマリン、ライラック、スノーリーフ、この六つ。
それぞれ色にちなんだ家名をしていて、その色の目を持つ子供が家に伝わる魔法を使える。そうでないと使ってはいけないのではなく、生まれながらの才能として使うことができないという意味だ。
六つの家は今も続き、研究で生まれた六人もそれぞれの家の目を持ち、ノアのように一員として認められた。
「わかりました。ヴァーミリオン家の名に恥じぬよう、努めてまいります」
ノアはヴァーミリオン家の当主にそう宣言した。
それぞれの家の一員となった六人は、家を背負った最初の任務として大きな街に来ていた。
高いビルが建ち並び、綺麗に舗装された道路と圧倒的な人の数。まだ十代の六人だけで出歩くには少し恐怖を感じるかもしれない。そんな街だ。
ここは六人が育った施設のある国とは違う国。頼りになる大人は誰一人としていない。恐怖を感じるのも無理はなかった。
「やっぱり怖いよぉ……」
宿泊先のホテルの部屋で、うずくまってそう言ったのは緑の目を持つリアムだった。
リアム・ライムルーン。優しくて穏やかで、努力家な少年だ。六人の中では年下の方に分類される年齢。
普段から弱気なことが多く、怖がりでもあるので、やはりそう言うだろうと他の五人は予想していた。
だがこの『怖い』は、異国の地だからでも、人混みだからでもない。アンデッドが、それを魔法で倒すのが、仲間が死ぬかもしれないのが、『怖い』のだ。
「まあまあそう言わずに。見に行くだけだから、ね?」
「そうそう、今日は戦わないから」
ノアとシャーロットがそう声をかけて、リアムを励ます。
ちなみにシャーロットは白い髪と白い瞳を持つ、スノーリーフ家の魔法使い。五人の中で一番ノアと仲がいい。だからノアを助けようと、一緒になってリアムを励ましている。
「ほんとに……?」
「ああ。今日は戦わない。見に行くだけだ」
本来、そんな約束はできない。いつどこで襲われるかわからない。でもそう言わないとリアムはついて来ない。あくまでも、そのつもりではないというだけだ。
それでもリアムは二人の言うことを素直に信じ、ホテルの部屋を出た。
「うおっ、リアムくんやっときたぁ」
ホテルのロビーでは他の三人が待っていて、そのうちの一人、ソフィアがリアムを指さしてそう言った。
そのあとソフィアはリアムに駆け寄って勢いよく抱き着いた。
ソフィアはレモンフィール家の血筋で、この中では一番年下の少女だ。誰とでも仲良くなれるような明るい性格の女の子。でも子供っぽい。最年少だから可愛いものだが、おそらく同じ年齢の子供と比べて幼いのだろう。
「ソフィ、急に来ないで……」
「早く来ないのが悪いんだよ。早く行こー」
「ご、ごめん……」
このノンデリな部分も幼さだと思う。リアムもより気にしてしまう。一方で誰もいじらないのも雰囲気的にどうなのかわからないので、何言っても許されるような立場のソフィアがそう言ってくれると助かっている部分もある。
そんなことはさておき、一同はアンデッドの出現情報が高い場所に向かった。
この情報は、アンデッドによるものと思われる不審死や、そもそもアンデッドの発生条件が揃っているかなどで導き出された場所だ。
アンデッドの発生条件は、この世に未練があるまま死んだ人間の遺体、何かを恨む感情が発生しやすい場所。まだまだ分からないことも多いので、今分かっているのはこのくらいだ。
この条件を満たす場所といえば、まずは墓地ではあるが、大都市に墓地はそれほどない。ならなぜ六人はこの街に訪れたかというと、それは単純に人が多いからだ。
二つ目の条件、何かを恨む感情が発生しやすい場所。学校や職場で起こる人間関係から来る様々な恨み、大切な人を失うような悲しみ、そんなものが挙げられる。ピンポイントでそういう場所を狙うのもアリだが、その感情たちは人間が作り上げるものだ。つまり、人間が多い場所に行けば、相対的にその感情を抱える人間がちる可能性が高まり、アンデッドの発生率も高まるというわけだ。
かと言って、数十人しか住まない村にはアンデッドが発生しないというわけではない。
だがとにかく、六人は人の多い場所に向かってその数を確かめようとしていた。
訪れたのは、この街の中でもさらに中心部と呼ばれるエリア。企業の高いビルが建ち並ぶエリアと、ショッピングモールや人気店が建ち並ぶエリア、その両方が備わった場所。
さすがに現代の技術力の高さを思い知らされるような、精巧な造りのビルがいくつも建ち、六人は圧倒されていた。
「休日でもないのにこんなに人がいるとは……」
「そうね。ここで何か起きてほしくないわ」
ノアとシャーロットはそう言葉を交わした。
人が多いところで、アンデッドが暴れ回るなんてことがないとも言えない。基本アンデッドは夜行性ではあるが、建物の中では昼か夜かなんていうのもわからずに、二十四時間動き回るアンデッドも最近はいる。シャーロットはそれを懸念していた。
「でも……アンデッド自体も多い……」
「昼でこれなら、夜はどれくらいになるんだか。楽しみだけど、今回だけはリアムくんに同意してあげてもいいかも」
相変わらず怖がっているリアムを見て、ソフィアはまたノンデリをかますと思いきや、今回はリアムを擁護する側に回った。
「データ上では過去最高でしょうか。ここでこれなら、まだ誰も行っていない都市ならどれだけいるのやら……」
「面白くなってきましたね。私の人生もやっと」
「これ以上面白くなくていいです」
「部屋に引きこもるだけよりマシですよ?」
年長組のルークとアメリアは最後方でそう話している。
ルークはアクアマリン家の血筋で、冷静な完璧人間。堅実な考えでみんなを支える最年長だ。
アメリアはライラック家の血筋で、たまに怖いことも言うミステリアスな少女。ルークと同い年なので同じく最年長で、戦闘狂みたいなことを言っているが、根は優しい。
六人から見た街の第一印象はいいものとは言えなかった。想定以上の数で、これだけいれば強いアンデッドの一体や二体いてもおかしくない。
「人も多いし、もうダメ……」
リアムはそう呟いた。
六人は生まれてから施設で暮らしてきたのもあって人混みに出るようになったのは最近のことで、まだ慣れていない。
「とりあえず、どこかで休憩しようか」
ノアがそう言い、六人は人が少なそうなカフェに入った。
六人の魔法使いが現代に生み出されたことは、まだ誰も知らない。 月影澪央 @reo_neko
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