第6話 ささくれとハンドクリーム

ケイタは工学部、古路は心理学科だったが、一般教養の授業のいくつかが被っていた。


古路は背が高いイケメンだったので、常に女の子が一緒にいた。

俺を見かけると(というか確実に待ち伏せをしていて)、女の子置いてけぼりにして近づいてくる。

席は当然隣を確保し、親しげに話しかけてくる。


授業中もそっと小指の関節でつついてきて、可愛いキャラクターのメモを渡される。

メモには何も書かれておらず、そこにこめられた古路のメッセージを超能力で読み取るのだ。



『今日、16時に授業終わるよね? 購買の前で待ってるから、近くの喫茶店にスイーツ食べにいこうよ』



授業終わってからしゃべればよくない?



♢♢♢



16時になり、購買の前に行く。



「……マモルも一緒だなんて、聞いてないんだけど」


「もれなく俺がついてくるって言ったじゃん」


「ケイタが黙ってればいいのに」


「スイーツは人が多いほど美味しいと思うから」



と、ケイタは言い訳した。



お店に入り、ケイタとマモルが隣同士で座った。

それぞれ注文が終わると、古路はナプキンを引き、ケイタの手を掴んで自分の手も乗せた。



『二人でデートしたかったのに』


『俺、男と付き合うつもりないんで』


『俺たちって、性別を超えた関係じゃん。テレパシーみたいなことができるんだよ? もう、お互い特別な存在なんだから、性別を気にするのはやめようよ』


『テレパシー的なのはすごいと思うけど、正直しゃべって済むことだよね、このやりとり……』


「あのさぁ、手を握りながらずっと見つめ合うのやめてよ。俺の疎外感半端ないから」 


「だから来なきゃいいのに」


「俺だって古路と仲良くなりたいよ」


「俺に興味を持つな!」



注文したスイーツが来た。



「直接脳内で話ができるの?」



マモルがきいた。



「俺たちは、生き物の記憶を読むことはできない。だから、わざわざ物を介して、物に自分の思いを記憶させて、相手の能力で読んでもらうんだ」



古路が言った。



「しゃべったらいいじゃん」


「恋人同士って、そういうもんじゃないだろ」


「たしかに、俺と早乙女も、言葉を交わす前に体で通じ合ってたな」


「一緒にすんなよ」



古路はマモルを睨んだ。



「ケイタ……ささくれできてる」



古路が言った。



「ああ、実験でよく手を洗うから、荒れちゃうんだ」


「ハンドクリーム塗りなよ」



古路は自分のを取り出し、ケイタの手にクリームをつけると、念入りに塗り始めた。



「クリームは物だから、今も何か読み取れるの?」



マモルに言われ、ケイタはクリームに能力を使ってみた。




可愛い女の子が、古路にプレゼントを渡している。



『このハンドクリームのシリーズ使ってたよね。新作出てたから、誕生日プレゼントに』



女の子が言う。



『私、ずっと前から、古路君のこと好きだったんだ。良かったら……私と付き合ってほしいな……』



そんな、うらやましいやりとりだったが、どこか寂しそい気持ちになる。

この寂しさは、古路のものだ。



「……彼女からもらったハンドクリーム?」


「違うよ。友達が誕生日プレゼントにくれたハンドクリーム」


「振っちゃったの?」


「そうだよ」


「可愛い子だったのに」


「彼女が俺のこと好きなのは、前から知ってた」



そりゃそうだろう。



「親しくしてればいつか告白される。そして、振らなきゃいけないから、優しくしづらいのが辛かったよ」


「どゆこと?」



マモルがきいた。



「俺、人と仲良くしたいんだ。でも、仲良くすると、すぐ好かれちゃう。で、告白されても振ることになるから、せっかく相手がいい子でも無駄に傷つけちゃうんだ。それが、嫌なんだよ。ずっと、いい友達でいたいのに」


「……モテのレベルが違う……」



ケイタはつぶやいた。



「だから早くケイタとちゃんと恋人同士になって、女の子達とは友達にしかなれない状況にしたいんだ」


「……悩みがねじれ過ぎてて、怒ったらいいのか、悲しんだらいいか、悔しいのかわからないよ」



ケイタは混乱した。



「ご存知の通り、ケイタは告白したこともされたこともなく、ゆえにお付き合いもないわけで。そこに来て、超能力者のテロリストでイケメンが急に恋人になるって、情報多すぎない?」



マモルが心配そうにケイタを見た。



「俺は……正直、恋人に対して無関心なんだよね……。いいな、と思う反面、いざとなったら煩わしいかな、って」


「案ずるより産むが易しだよ。お試しに俺と付き合おうよ」



古路が両手でケイタの手を握る。



「契約したサブスクの解約方法が難解過ぎて、惰性で契約し続ける……みたいになりそうだな」



マモルが言ったが、本当にそうなりそうだった。



―第六話 おわり―


▼こちらの『科学者アリスのささくれ』もどうぞ!

https://kakuyomu.jp/works/16818093073487638448/episodes/16818093073487761714

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