第16話 目覚め
目を覚ますと真っ暗だった。
いつもはもう少し明るくなってから起きるのに早過ぎたかな。
あー寝過ぎか頭が重いし、目もショボついて開けづらい。
「んんー……?」
寝転がったまま足を突っ張って伸びをするがイマイチ伸びきれない、力が上手く入らない。寝起きにしたってなおさらだ。
長く寝た感覚はあるのに、夜更かしして起きられない時の感覚もある。
転ばないように壁にもたれながらそっと立ち上がれば足がガクガク震えて力が抜ける。
準備運動のようにあちこち伸ばしてほぐしてようやく気付いた
ここはどこ
知らない木の匂いがする。
暗い中触れた壁は一周木肌。多分ウロの中にいるんだと思う。丸い空間の中、狐のひげセンサーでは出口が見つけられない。
時々つまづきながらも尻尾で壁に触れて一周回ると、下の方にワタ草や動物の毛らしいものの塊で塞がれている穴を発見した。
押し出そうと顔を押し付けると塊からほんのり外の匂いがした。
モコモコで弾力のある塊は光も漏れてこないような分厚さに詰められているようで押しても押し返されるだけだ。
押し出すのは諦めて、キツネらしく掘り進むと少しづつ光が見えてきた。
まず最初に感じたのは鼻の奥がツンとするほど冷えた空気。
ゆっくり息を吸い込むと冷やされていく肺の形を感じ取れる程の冷たい空気と氷の匂い。
一面に広がる白
雪だ!
感動でウロ穴から飛び出すと、着地で膝が抜けて転げて雪に埋もれた。
飛び込んだ勢いで積もった雪が舞い上がり、キラキラと日の光を跳ね返す。
吐いた息が白く昇っていくのを目で追うと、ずっと遠くに霞んだ白い雲が流れているのが綺麗でしばらく見つめていた。
私はすっかり葉の落ちた巨木に空いたウロで眠っていたようだった。それも一面雪景色になるほど長く。
不思議と出てきたウロのある巨木には雪がないが、他のどこを見てもこんもりと雪を被っている。昨日今日でこんなには積もらないだろう。
日が昇っていくのを眺めながらストレッチも兼ねて毛繕いをする。
前より舌触りが固くてゴワゴワするような。こんなに剛毛ではなかったと思っていたけど。
それとも寝過ぎの寝癖か。
直ぐに疲れる、妙に体力が減っていて毛繕いを終える前に休憩を挟まなくてはならなかった。
ぼんやり休憩中、ふと気配を感じて振り向くと木の根元の雪がボコボコと動いている。
何だ?と思う間もなく大きな黒いものが飛び出してきた。
その勢いのまま一直線に近づいてきて私を抱き上げたのは姉クマ。
「ちび!ちびが起きた。もう平気か?痛いところは?……よかった……いきてる」
私が返事を返せぬまま目を白黒させていると、姉クマは私を抱きしめ頭を押し付けたまま動かなくなってしまった。
そうだ。
襲われたんだった あのヨロイの大熊に。
それにしても、あの時の怪我はもう無さそうで痛みも感じない、あるとすれば力が入りにくい事ぐらいだ。
季節が様変わりする程長く眠っていたのかもしれない。
そのせいか、おかげか、ただ悪い夢を見た後のようにどこか遠い出来事のようにしか思い起こせない。
まあ、嫌な記憶を鮮明に覚えている必要もないか。
抱きつく姉クマの肩越しに、弟クマも遅れて出てきたのが見えた。
「ちび、やっと起きたのか」
「おきたよ。おはよう」
「……! ちびがしゃべった」
挨拶をしたら驚かれたがそれは私のセリフじゃないか?
最初はそう思ったが、聞こえてくる音はいつも通りの動物らしい鳴き声。
でもクマ姉弟が何を言っているかがしっかり分かる。
クマ語が解るようになった?
その間も私に頭を押し付けたまま、まだ動かない姉クマ。感極まって動かないにしてもそろそろ長過ぎる気がする。
「大丈夫?」
問いかけつつ顔を離すと、姉クマの悲しそうな顔がでてきた。
「…………する」
「なに?」
「ちびの毛がチクチクする!ふわふわじゃない!
ママ!ちびの毛がチクチクになってる!」
叫んだ姉クマがずいと私を差し出した先に
ママ(巨大なクマ、推定森のヌシ)
前世でいつかみた世界最大の熊より大きいんじゃないだろうか。
「おはよう、ちいさいの」
驚き固まる私を姉クマごとお腹に乗せ抱きしめて撫でる母クマ。
とても優しい手つき、それと森の匂い、土の匂い、甘い匂い。
獣らしい生き物の匂いは薄い。
そのおかげか大きさに驚きはしたものの、思っていたほど恐怖を感じない。
「アイツの石のせいかもしれないね。ちいさいの痛い所はない?」
「ない。でも力が入んない。
(ないです。でも力が上手く入れられないみたいで)」
……?
何故か喋った言葉が幼稚に変換されて聞こえる。
もしやクマ語が解るようになったのは聞き取りだけで話すのは範囲外だとか?
考え込んでいるうちに私を抱っこしているのは母クマに代わっていた。片腕だけで十分体が収まってしまう程体格が違って、赤ちゃんになった気分だ。
……転生して、赤ん坊になって、親に抱っこされて味わうものだと思っていたのだけど。
私のニンゲンボディは一体どこへ行ったのやら。
母クマは空いたもう片方の手で私の足を見たり毛をすいてみたりと全身くまなく確認している。
最後に私の首の後ろに鼻を押し当てふすふすと匂いを嗅いだあと、ひとつ うなづいた。
「うん、大丈夫そうね。花はもうしばらく外せないけど、それも春までは続かないでしょう」
「やったー」
「良かったな、ちび」
花?
母クマの言葉聞いて喜ぶクマ姉弟の声は私の耳に入ってこない。
花ぁ?
ヨロイの大熊に襲われている時もずっと付いてきていた青い花と香りが頭によぎる。
体をねじって背中を見ると目に入ったのは、背骨に沿うように広がる青い花。
背中の中ほどから首の後ろまで枝が続いている。
触ってみれば頭の上にまで花が咲いていた。
花が増えた。
伸びる枝に鼻先を差し込んで持ち上げると、あのタネの時のような謎の吸着力でついているのではなくて、本当に毛の間から枝が生えてきている。
そっと引っ張ると花そのものに感覚は無いが、根っこかなにかにつられて毛皮が引っ張られるのを感じる。
はえてる
現実感が無いせいか驚きより困惑が勝る。
強めに引っ張って花が抜けないか試していると、母クマに私の鼻先をくわえられ、たしなめられた。
自分の頭が余裕で入りそうな大きい顎に挟まれては固まるしかない。
「気になるだろうけど抜いてはいけないよ。そのうち勝手に取れるようになるからそれまで我慢ね」
「これはなに?」
「それは護りの花、癒しの花。
……そうね。これまでの事、これからの事を話さなくてはね。
よくお聞き
✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼
あの日、ヨロイの大熊に襲われた時、助け出した私はもう虫の息だった。
仕留めた大熊の「石」を砕いて食べさせたが、助けるのにまだ足りない。更に食べさせるのもかえって危険だった。
遅れて次に「桃」を食べさせたが弱っている私は半分くらいしか食べてくれなかった。
それでもなんとかこの「家」まで持った。
そうして「大いなる樹」の恵みによりタネが成長し、包み込まれた私は傷が癒えるまで眠りについた。
ギリギリで持ち堪えている状態だったため、回復に時間がかかり、こうして冬景色に様変わりするまで目覚めなかった。
今は、長い眠りで弱った私の補助のため背中に花枝が残っている。
これが取れるようになるまではひとりには出来ない。
「治るまではここで暮らしなさい。それに子供達もあなたと一緒だと楽しそうだわ『
まだまだ聞きたいことは色々あったけど、季節が変わるほど長く散々寝たはずなのに眠くて考えがまとまらない。
それにキラキラした目で答えを待つ姉クマと弟クマに見つめられて断れる気もしなかった。
「わかった、いっしょに」
「……いっしょ!」
「やったぁ、妹ができた!」
私を抱っこする母クマと飛びついてきた姉弟に挟まれてあたたかい。しこうがとけそう。
「そうね、お姉ちゃんね?」
「……
「ウルが! ママ!!」
「まま?」
「娘が増えてしまったわ」
眠気でぼんやりしたまま聞こえた言葉を繰り返す。
母クマの嬉しそうに鳴らされた喉の振動が心地よくてそのまま眠ってしまった。
なお、ただひとり「
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*note 花の護り
特別な実、特別な花、特別な樹
揃うと特別な効果を発揮する。
この異世界の伝説やおとぎ話にもよく出てくる
転生キツネの異世界旅行記 はいいろねんど @grey_clay
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