第15話 冬が来る

不穏な気配を感じた瞬間、眠っていた母クマは飛び起き巣の外に出て耳を澄ませる。


まだ外は薄暗く見通しはきかない。

遅れて子クマたちもこわばった顔で出てきた。


とうとうアイツが出てきてしまったようだ。



「時間が無い、よく聞いて。私はこれからアレをたおしに行かなくてはならない。戦う音がおさまるまで近付いてはいけないよ


 あの『とがりがお』を探して直ぐに家に───っ!」



木が倒れる音が響いてきたのは、あの『とがりがお』の巣がある方角からだった。


あの子が危ない


同時に走りだす三匹のクマ


「ふたりとも、あの子を見つけてもアレに近付いてはならない。見られてもダメだ。匂いもよく気を付けて。


  例えあの子が襲われていても、助けたくても、それはアレが完全に離れてからだ。


 いいね?」




✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼



『とがりがお』の巣よりも随分手前で見えてきた黒ク揺らめく影は、背をこちらに向け夢中で木の根元を掘っている。

こちらには気付いていないのか見向きもしない。


血走った目で怒り吠えながら木の根を裂く背中





母クマは速度を緩めることなく全速力のまま体全体でぶち当たった。

鈍い音を立てて吹き飛び転がる巨体。


根の奥へと手をのばしたまま吹き飛ばされたせいか、片腕はだらりと垂れ揺れている。


ふらつき立ち上がろうとする僅かな間も許さずその顔に噛みつき組み付いて、もつれ合うように転がっていった。





音が遠ざかると直ぐさま隠れていた子クマたちが出てきた。

酷く抉られた木の根元を覗き込むと、強く花の香りが漂ってくるのがわかる。


「あぁ、いた!」


木の根をかき分けた向こう、穴の奥にぐったりと動かない『とがりがお』が見えた。

体を押し込んでも根に阻まれる。

必死に奥へ奥へと逃げたのだろう『とがりがお』にはのばした姉クマの手も届かない。


代わりに自分より小さい弟を引っ掴んで穴に押し込み、横から少しでも隙間を広げて通れるよう手伝う。


無理矢理体をねじ込んでようやく通れるような隙間では『とがりがお』を抱えては出られない。

向かい合うと震えそうになった手に力を入れ、振り払うように頭をふってからひとつ、深く、息を吐き出す弟クマ。

揺らさぬようそっと慎重に持ち上げて根の向こうの姉へと渡す。



やっとの思いで外に出した『とがりがお』は力無く手足を投げ出したままピクリとも動かず、空いた口からは血が垂れている。


あまりの弱りように、少しでも動かしたら死んでしまうような気がして『とがりがお』を受けとった形のまま姉クマは動けなくなった。




穴から這い出ながら見上げた弟クマの目に最初に映ったのは『とがりがお』の背で強い香りを放ち所々赤く染まった桃の花。

花は美しく咲き、根をのばし、香りがますます強まるのがわかる。



「実をとってくる!」



そう言うや否や、弟クマは返事も聞かずに姉クマと『とがりがお』を置いて走っていった。




✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼



さて、森を荒らす不届き者をねじ伏せ、仕留めて、残心代わりに首の骨をへし折るまでした母クマ。


長年この森を守り続けてきた歴戦のヌシである母クマに、自分より弱い相手としか戦ったことが無いような、身体能力に恵まれていただけの破落戸熊ゴロツキが勝てるはずもなかった。


油断無く、一度の反撃すら許さず戦った母クマには怪我らしい怪我も無い。

組み付いて地面を転がった分、多少の土汚れがあるくらいで疲れた様子も無い。


もう一度動き出したりしないのをしっかりと確認した後、母クマが子供たちの方へ戻ると息子はおらず娘は『とがりがお』を抱いたまま立ち尽くしている。



「弟は実をとりに行ったの。でも、間に合う…かな」



娘の抱く『とがりがお』を見れば息をしているのかどうかも怪しい容態だった。

それでも、小さい背に咲く花はまだ強く香りを放ち、薄暗い中でも鮮やかに色付きのびている。



これなら間に合わせられるかもしれない



母クマはたおした大熊の元へ駆け戻ると、横たわる大熊の胸辺りを引き裂いた。

腕を突っ込んで中を探り、何かを引き出すと娘の隣に戻ってくる。


差し出したのは透き通った黒色のヒトの手のひらほどの石。



「この子は望んでないかもしれない。苦しみを長引かせるだけかもしれない。合わなければ死ぬ。

 最悪…この子は魔物になってしまうかもしれない。そうなれば私達の手で殺すしかない。

 それでも助けたい?」

「うん、よ」

「…いいこ」



母クマは石を握りこんで砕き、ほんの小さな欠片をふたつ、みっつ、『とがりがお』に飲ませた。


すると、感じ取れないほど微かだった呼吸が少しづつ強くなっていき、体温も戻ってきた。

母クマはひとまず持ち直した『とがりがお』を抱えて走りだした。



これは癒しにはならない、ただの延命処置



「まだ油断出来ない。出来るだけ早く実を食べさせないと」



一度落ち着いたように見えた『とがりがお』の息は段々と荒くなっていく。

あれだけ砕いたのにまだ石が強すぎたのか。





程なくして実を持って戻ってくる弟クマと合流した。

直ぐにその場で実を潰して口に含ませるが、意識の無い『とがりがお』はなかなか飲み込んでくれない。

どうにか食べさせることが出来たのは、実の半分くらいまでだった。


『とがりがお』の息は荒いままだが、少なくともそれ以上悪化していく様子は無い。

やはり容態が落ち着くほどの実は食べさせられなかった。


後はもう、『とがりがお』自身の生きる力に賭けるしかない。





『とがりがお』を揺らさぬように森を駆け抜け巣に戻る。



巣に生える縄張りの中心で森を守る古木。


その幹に空いていた穴に深く眠る『とがりがお』を横たえた。

後は、目覚めてくれるのを待つだけ。



母クマが見上げると木に残っていた葉は全て落ちていた。



今年の冬は長くなりそうだ。




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*note



むりをすれば ねむりは ふかく ながくなる

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