第14話 へんな「とがりがお」とクマ

『くろいの』の襲撃の後現れた『とがりがお』はどうにもヘンなヤツだ。


最初は、あの死にかけだった『とがりがお』が生き返ったのかと思ったけど、匂いが違うから別の『とがりがお』……のはず。



よくわからない、ヘンなヤツ。



姉は触れるふわふわした生き物に夢中で、アイツがなんなのか相談したくても話にならない。



でもアイツが自分の代わりに姉に構われているおかげで、最近ちょっと過ごしやすい。

それにアイツ果物とってくれるし、母さんも止めてないし、一緒に遊ぶの楽しいし、警戒するのは止めておいてやることにする。


あいつは匂いは変だし、行動も変だし、抜けてる所があるからどの道警戒心を持ち続けるのは難しかっただろうなとも思う。



姉の突撃を警戒して怖がるくせに捕まると直ぐに諦めて、岩場にあがった魚の目でされるがままになる。

なのに連れ帰るのは、必ずどうにか断って自分の巣穴に帰るから上手くいかない。



クマから逃げて自分クマの陰に隠れる。

『とがりがお』なのにリスのごとく木の実を集めて溜め込む。

木にある巣穴を覗き込めば、大量のドングリとリスの尻尾、そしてしなびた不味い柿の枝がかけられている。



信じられない。

アイツ、美味い柿食べさせたのにまだとって置いてあるのか。

こーんなにシワシワになって……



枝をつつこうと手を伸ばせば気付いた『とがりがお』が必死で止めてくるので、手を引っ込めて謝る。

食べもしないのにとても大事にしているらしい。




ヘンなヤツと遊ぶとヘンな出来事が多くて結構楽しい。

『とがりがお』は森の生き物皆が知っている事を知らなかったりするのに誰も知らない事を知っていたりもする。



この前は溜め込んだクルミを食べようとして、硬い殻が割れずに四苦八苦していた。


沢で器用に石を持ち上げてクルミに叩きつけるが、力が足りないのかクルミは割れずに転がる。もちろん歯で割れる程のアゴの強さもない。


ふうふうと息を荒げる『とがりがお』を見ていられなくなった姉が途中から代わりに割ってあげていたが、『とがりがお』は喜びつつも自分で出来なかったのが気に入らないようだった。


次の日遊びに行くと、また沢の同じ所でクルミを割っていた。

今度はひとりでクルミの殻を噛み割れていた。

アゴがとれてしまうと姉が心配して代わりに割ると、なぜかクルミの殻は柔らかくなっていた。


一晩水に浸せばクルミの殻は柔らかくなるらしい。




ある日は枯れたつる草を木から引き剥がし長いまま引きずっていき、沢に浸すのを繰り返していた。


『とがりがお』がまたヘンな事をしてる


ちょっと面白そうだったので姉と手伝えば、小さい沢が埋まるほど沢山のツタが集まった。


時間を置き、水が染みて柔らかくなったツタを丸めて何かしていたが、それは上手くいかなかったらしい。


突然丸まったツタの塊を放り捨てると、投げた姿勢のまま後ろに倒れこむ。

そして、ひっくり返って足をばたつかせ転がっていって積もった落ち葉に突っ込み


「ぴきゃーー!!」


と、怒りの叫び声をあげていた。


それでも怒りが収まらないらしく、沢へ走り戻り水に浸かったままだったツタに噛みついて振り回す。


この間自分と姉は荒ぶる『とがりがお』にビビって近づけなかった。


振り回され飛んでいったツタは木に引っかかり、振り回せなくなってようやく動きを止めた『とがりがお』

しっかり引っかかったようで、引っ張っても落ちないツタ。


『とがりがお』がジャンプして高い位置に噛み付いてぶら下がり、体全体を振り回して揺らしても落ちない。

暴れて疲れて怒りが収まってきたのか少し楽しんでいるようにも見える『とがりがお』。


ようやく近寄れるようになった。


姉と一緒に『とがりがお』のぶら下がるツタに近づいて引っ張ってみる。

『とがりがお』のようにぶら下がろうとすれば、偶然引っかかったくらいではクマの体重には耐えられなかったのか、ツタは外れて木から落ちてきてしまう。


それを見て何かひらめいた顔をした『とがりがお』。


面白くなりそうな予感もあって動き始めた『とがりがお』を手伝い沢に残っていたツタを集める。いくつかのツタを張り出した太い枝にかけると、垂れた部分をそれぞれクマ1匹分離して持っているように頼まれる。


『とがりがお』は持たせたツタを交互に入れ替え、時々強めに揺すらせる。

指示通り何度も繰り返して出来上がったのは太く規則的に絡んだツタ。


『とがりがお』はやりきった顔でツタに噛み付いて引っ張り自身の力ではびくともしないのを確認してみせ、クマ姉弟と交代する。


弟クマが試しに引くと、よく絡んだツタは少しばかり伸びるだけ。

だんだんと引く力を強めていき全体重をかけて全力で引いても、木が少し揺れるくらいでツタはなんともない。



これは……楽しいやつだ!



弟クマはワクワクした顔で、より重くより強い姉にツタを渡す。姉もあの手この手で引っ張り、しまいにはツタに飛びついてぶら下がってもツタはちぎれなかった。

姉と二人同時に飛びついた時には木が大きく揺れ、ツタより木が折れる心配をした方が良さそうなくらいだった。


頑丈なのが分かればあとは遊ぶだけ。

ツタを登ったり、飛びついて揺られてみたり、ツタをねじりにねじってからぶら下がって高速回転してみたり。


そのうち遊ぶツタが一本では足りなくなり、『とがりがお』に頼んで増やしていった結果、小さな沢を埋めていたツタは全て無くなり、木はツタまみれになった。

いくつかのツタを木の股の間に絡ませれば浮いた寝床もできた。


ツタが増えて遊び方も増えて一番楽しかったのは、つかまるツタを大きく揺らして体をぶつけ合い、ツタから落ちた方が負けのゲーム。


荒っぽすぎて『とがりがお』は参加できなかったけど、姉弟の勝負の間揺らされ弾む枝の乗り心地を楽しんでいた。


作るのを手伝いながら、やり方やコツもしっかり教わったので家の木にも


……作ったりしたら母さんがカンカンに怒るな。

家の近くの木に同じのを作れるかもしれない。


大事なのはよく水に浸すこと、根も幹も枝も太い木にかけること、そして枯れたツタを使うこと。


生きているツタも使うことはできるけど、木を大事にしたいのなら枯れたにした方がいいと忠告をもらった。

ツタはとても丈夫で、絡んだ木を絞め殺してしまうこともあるらしい。生きているツタが絡みあったまま成長すれば、それはそれで丈夫なおもちゃにはなるが、木に食い込む丈夫なツタを外すのは至難の技だ。



明日も『とがりがお』がヘンなことしてるといいな。

あいつがヘンなことする時は何か面白いことが起きたり、面白いことを知れたりするから。






✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



このところ、子供達の話題の中心はあの『とがりがお』だ。



ふたりは毎日のように『とがりがお』に会いに行き、今日も連れ帰れなかったとしょんぼり帰ってくる。


そうして少しの間落ち込んだ後は、競うように、楽しそうに何をして遊んだのか報告する。


子供達が毎日声を弾ませて『とがりがお』の話をするのを聞くのが、日々の楽しみになりつつある母クマであった。





『とがりがお』のところへ遊びに行った子供達は、よくお土産を持って帰ってくる。


1番多いのは果物。

子供達が縄張りにある果物の木に案内すると、『とがりがお』がその身軽さを生かし、手の届かないところになった実を落としてくれるんだとか。


おかげで、ひと周り季節が巡るまでは食べられないと思っていた果物もまだ楽しめる。






そしてたまに変なモノをお土産に持って帰ってくることがある。





ある日のお土産はリスの尻尾だった。


帰ってきた子供達からわずかに血の匂いを感じて、怪我でもしたのかと慌てて駆け寄れば、


「リス美味しかった」


なるほど。


この前「肉食べる?食べていい?」と突然聞いてきたのはこれだったかと思い出し、腑に落ちる母クマ。


『とがりがお』が日頃の美味しい果物のお礼にと、リスを狩ってきてくれたらしい。


持って帰ってきた尻尾は、『とがりがお』が集めていると聞いて真似してみたくなったとのこと。


姉クマは、逃げられずにずっと触れる小さいふわふわを手放さず、寝入るまで手のひらに乗せた尻尾を撫で続けていた。






今日の子供達は、あちこち泥まみれにして帰ってきた。


お土産にくわえているのは、太めの木の根らしきもの。


「いい根っこ取ってきたよ!」

「チビはこれ好きなんだって」


受け取った根っこは、やはり木の根にしか見えないがそれにしては軽く感じる。


子供達に勧められるまま、恐る恐るその根っこをかじってみる。

気になるのふたりがイタズラ顔でそわそわと落ち着きなくこちらを見つめていること。



さて、食べてみたその根っこは思ったほど硬くはなく、サクサクと歯切れのいい歯ごたえ。

味も悪くないが…


顔をしかめ鼻にしわを寄せ動きが止まる。



口中がネバネバになった。



母クマがしばらく固まった後、もっちゃもっちゃと口を動かして粘りを取ろうとするのを見た子供達は、イタズラが成功したと楽しそうに笑い合っている。




子供達がいつものように遊びに行くと、『とがりがお』は普段活動している範囲から少し外れたところに居り、一心不乱に地面を掘り続けていたらしい。


声をかけても生返事で、自分の体が埋もれそうになるほど穴が深くなってもまだ掘ることをやめない。


途中からふたりも手伝ってやっと掘り出したのが、このネバネバになる根っこ。



『とがりがお』は珍しく自分から子クマたちにすり寄ってくっつくほどの大喜び。


そして根っこを水場に持っていき土を落とすと、そのまま食べ出した。



どう見ても食べ物には見えない木の根をむしゃむしゃ頬張る『とがりがお』


慌てて止めて問い詰めると、「これは地面の下になる食べ物で大好物の一つだから止めてくれるな」だとか。



甘いものじゃないし口に合わないかもしれない。

それでも気になるなら食べてみる?



子クマふたりは好奇心に負け、恐る恐るその根っこをかじればそんなに味がしない。


そう思ってよく噛めば口の中がネバネバになった。


驚く子クマたちに『とがりがお』はイタズラ顔で笑っていた。



そうして母親にも同じイタズラを仕掛けるべく、その変なネバネバの根っこを分けてもらってきた、ということ。





「今日は家に誘わなかったの?」


クスクスと笑いながら聞くと、子供達はぴしりと固まった。

イタズラに気を取られてすっかり忘れていたようだった。



変わった『とがりがお』と子供達は随分仲良くなれたみたいだ。

でも、家に連れて帰ってくることはまだうまくいっていない。


怖がるまま、無理やり家に連れてこさせたくはなくて今日まで引き延ばしていたが、もう秋も終わる。

冬になったら行ってもいいという返事はもらったが、それでは間に合わないだろう。



明日、子供達に時間切れだと伝えなくては。







小さい友を守りたいのならば、嫌われてでも連れて帰らねばならない。






✄-------------------‐✄

*note リスの尻尾

リスの尻尾はわりと簡単に取れます。

噛みつきやすそうに揺れる尻尾に噛みつくと、そのまま尻尾がズルリと抜け、逃げられてしまいます。

なので、狩りの時はきっちり本体に噛みつきましょう。

反撃を喰らわないために、首の後ろに噛み付くとなお良いでしょう。トドメも楽になります。


姉クマがもらった尻尾は、撫でられ過ぎてそう経たないうちに禿げた。

『とがりがお』に新しいのをねだりに行きそうな姉クマを見かねた弟クマは、自分のもらった分の尻尾をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る