第13話 森の変化
「「あのこがいなくなってる!」」
その言葉を聞くや否やすぐさま走り出す母クマ。
恨みを募らせて倒れた『とがりがお』が動き出したのだとしたら…大変なことになる。
そうなったと考えるには、いささか早すぎる気もするが。
『くろいの』の時以上に気を張りながら向かった倒木の影には確かに何もいなかった。
『とがりがお』の匂いもなく、どこかへ行った痕跡も見つけられない。
しかし『わるいもの』も感じない。気になる匂いもしない。
むしろ『よいもの』の気配すら感じた母クマは首を傾げる。
あったはずの『わるいもの』さえ、『よいもの』の気配に散らされ無くなっている。
それどころか我が家と同じかそれ以上の『よいもの』で満ちてすらいる。
わからない。わからないが、この場所では懸念したことが起こり得ないだろうことだけはわかった。
釈然としないのは母クマの説明を聞いた子クマたちも同じようで、三匹はウロウロと辺りを歩き回り匂いを探すも、やはり手掛かりはない。
ああも『よいもの』に満ちているのなら、危険なことも起こらないと考えた母クマは、後のことは子クマたちに任せることにした。
次期ヌシへの宿題だ。
こうなれば母クマの目下の悩みはあの『くろいの』だけだ。
仕留め損ねたが色々と噛み裂いてやった。
それにあれだけ恨みを買ったのを見るに、再び動き出すのまでには時間がかかるだろう。
少なく見積もってもこの夏の間は安全だ。
冬が始まる前には決着が付けられるといいが。
縄張りのために打って出られない我が身が恨めしい。
次第に秋めいて生きたある日、散策に出た姉クマがお土産にアケビをいくつも持ち帰ってきた。
つい最近、手の届くところのアケビはもうなくなってしまった、来年まで待てない、長すぎる、と落ち込んでいた姉クマ。
いつも残り少なくなってくると一人でこっそり食べて帰ってくるのに、今日は上機嫌でみんなに分けるほど多く取れたようだ。
執念深く好物を追い求め、森中のアケビの位置を全部覚えたと断言していた姉クマが、これだけたくさん実がなるまでアケビを見落としたままだったとは思えない。
「新しい株でも見つけたの?」
「違うよ落としてもらったの」
「誰に……誰だったっけ?『とがりがお』みたいだった?』
思わぬところから出た『とがりがお』の話題に驚いた二匹はあれこれと問いただす。
姉クマはアケビにばかり集中していて、「木の上にいた『とがりがお』らしき生き物がアケビを落としてくれた」ということ以外には何も聞き出せなかった。
翌日、アケビを取ってくれた生き物を探しに探検に出るクマ姉弟。
姉クマは昨日アケビを採ったところへ、弟クマは途中で周囲の探索をしに別れた。
姉クマはアケビある木に登り、『とがりがお』の匂いを探し、ついでにアケビを取ろうとツタを手繰る。
よく絡んだツタと格闘していると、遠くから弟クマが泣きながら走ってきて、そのまま家の方へと通り去っていく。
それを見て驚いて足を滑らせ、掴んだアケビごと木から落ちた姉クマ。
運良く一瞬に落ちてきたアケビを拾ってすぐに弟を後を追う。
家帰った姉クマが見たのは「まずい、しぶい、あまい」と泣きながら桃の実にかぶりつく弟とその背をさする母の姿。
母に焦る様子はないから差し迫った危険はなさそうで一安心。
弟は一体どうしたのだろう。
えずきつつ、食いつつの弟の説明を聞くと、『とがりがお』の持っていたとんでもなくまずい柿を食べたんだとか。
姉と別れた後、ウロウロしていると微かに知らない匂いがする。
匂いを辿ると遠くに歩く『とがりがお』を発見した。
弟クマは「生きてる!」と喜びのまま走り寄り、勢い余って『とがりがお』を撥ねてしまう。
やってしまったと少し冷静になると気になりだしたのは、『とがりがお』からする変わった匂い。
『しにぞこない』だったらどうしようと、よくよく匂いを確かめてみれば腐った匂いはしない。
ただただ知らない匂いと生き物の匂いがするだけ。
そうして後に残ったのは、怯えて縮こまり動かない『とがりがお』。
怖がらせてしまったと慌てた弟クマは、『とがりがお』が運んでいた柿を持ってきて寄せてやる。
ひとつ実を失敬して、ほらほら僕が食べるのは果物だよーと、アピール
しようとした瞬間に襲いかかってくる強烈な渋味。
何をどうしても収まらない渋味に耐えかねた弟クマは、『とがりがお』を置いて家に逃げ帰ってきたらしい。
弟クマは最初、ひどいものを食わされたと不機嫌だったが、姉クマのそんなものしか食べられないとか?という言葉に凍りつく。
まさかあの『とがりがお』あんな柿しか食べたことがないんじゃ……
なんてことだ!
美味しい柿を知らないなんて!
本当の柿の美味しさを教えてあげなくちゃ!
こうして妙な勘違いによる多大な同情を受けた『とがりがお』はクマ姉弟によって誘拐されることになる。
なお、母クマは友達になれたら連れておいでと微笑ましく見守るだけだった。
この森のヌシともなれば、残り香だけでもまずいものがわかるので。
ある日の夕暮れの中、子クマたちはお土産と共に喜び勇んで帰ってきた。
ままーみてみてー、と差し出されたのは
よく熟れた柿と丸まって動かない『とがりがお』。
「抱っこしたら寝ちゃったの。疲れてたのかな」
そう姉クマが話す後ろで弟クマはは無言で否定している。
受け取った『とがりがお』は耳を伏せ丸めた尾を抱えて縮こまったまま気絶していた。
かわいそうにと撫でるとかなりふわふわで、とても手触りのいい毛並み。
通りで娘が気に入るわけだ。
身内の贔屓目に見ても上手いとは言えない娘の毛繕いで乱れている毛並みを整える。
息子の言った通り知らない変わった匂いのこの『とがりがお』は、あの時出会った『とがりがお』のようにも、知らない『とがりがお』のようにも見える。
そしてやはり『わるいもの』の匂いはせず『よいもの』の匂いがする。
今日のところは土産に実を持たせ、この小さい生き物の家に帰すことにする。
念のため経過を見たかったが、この縮こまったままうなされる『とがりがお』が熊の巣で目覚めるところを想像すると可哀想だ。
それに匂いも覚えたしもう見失うこともない。
案の定、姉クマは一緒に暮らしたいと渋ったが、そんなに急では準備もできないままでいいのかと丸め込んで送らせた。
なんにせよ秋の間に冬になる前には保護しないと。
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*note キツネ狐クマ熊
漢字は総称
カタカナは「名前」寄り
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