第12話「とがりがお」一族
このところ弟クマは暇を持て余していた。
怪我をしたせいで、ただでさえ過保護な母と姉が輪をかけて過保護になって、外へ出してもらえないからである。
こっそり冒険に抜け出した先で、例の荒くれ者『くろいの』に出くわし襲われたのは怖かった。
言いつけを破った自分が悪いと反省している。
爪で裂かれていたらもっと酷いことになっいたかもしれないと理解している。
だから説教も外出禁止も素直に受け入れた。
とはいえ、やんちゃな弟クマとしては木から落ちて小さい怪我をすることはしょっちゅうで、森のヌシ一族である弟クマの体はとても丈夫。
それに、高い木から足を滑らせ岩の上に落ちた時の方がよっぽど痛かった。
そんなわけであの時『くろいの』にやられた怪我はあってないようなものだった。
そろそろ縄張りの中心を歩いて回るぐらいは許して欲しい弟クマだった。
ある夜、動かないせいで体力があまり眠れずにいた弟クマが心配性の母をどうやって説得するか考えあぐねていると、遠くから吠え声が響いてきた。
『くろいの』だ。
この前より破壊音は小さい。
こちらに近づいているようにも聞こえない。
いつの間にか母も姉も目を覚まし、同じように音のする方へ顔向け耳を澄ませている。
母クマは止めていた息をゆっくりと吐き出す。
「夜が明けたらすぐ様子を見に行く。お前達も連れて行くから、今はよく体を休めておきなさい。」
そう言って巣穴の入り口に頭を乗せ、耳を向けたまま目をつぶった。
弟クマはやっと外に出れることになったが喜びより、漠然とした不安感が大きかった。
同じように不安そうな顔をした姉クマと一緒に、できるだけ母クマに体を押し付けるようにして眠った。
翌朝、三匹の熊は夜も明けきらない頃、薄暗い中を出発した。
いつもはすぐ探検を始める弟クマも、寄り道をし始める姉クマも、むっつりと口を引き結び黙って母クマについていく。
クマたちが歩く音以外に音は聞こえない。
森の縁まで半分ほど進んだところで、微かに血の匂いを感じた母クマはそれを追う。
けもの道を外れてふらふらと続く血の後の先には、倒れて動かない小さな獣がいた。
クマたちが近寄ってもピクリとも動かない。
しばらく見つめないと分からないほど極小さくだけ腹が上下していた。
「森の縁の『とがりがお』一族の子だ。もう助からない」
母クマはそう言って小さな獣をそうっと持ち上げ見せぬよう背を向け、倒木の陰に隠した。
首の垂れた『とがりがお』はもう動いていない。
「あの実を食べさせれば助けられる!」
子クマたちは詰め寄るが母クマは悲しそうな顔で答える。
「弱りすぎて連れていけない。取りに行って戻ってくる間も持つかどうかわからない。たとえ間に合ってもこの様子では食べることができない。」
小さな獣が残してきた血の匂いは森の縁へ、昨夜音のあった方へ続いている。
沈んだ空気の中また歩き始める三匹。
母クマは不意に立ち止まり、漂う匂いを確かめると顔をしかめた。
『とがりがお』一族が住む森の縁までまだ距離があるのに、どうにも血の匂いが強く感じられる。
「お前達この先はきっとひどいことになっている。いつかは知らねばならないこと。でも、それを知るにはまだ早いとも思う。お前達はどうしたい?」
子クマたちは返事を返さなかったが、母熊についていくことにしたようだ。
2匹とも無言のまま母クマに体を寄せて引っ付いている。
一行がたどり着いた先の光景は本当に酷いものだった。
『とがりがお』一族の巣があった斜面は掘り返され、えぐられ、あちこちに事切れた『とがりがお』一族が散らばっている。息が詰まるほどの濃い血臭が立ち込めている。
アレは食うわけでもなく、ただの憂さ晴らしのために『とがりがお』一族を残酷に殺し尽くしたようだった。
森のすぐそばとはいえ、厳しい山に生き続ける一族がただの弱い獣のはずがないのに、あれには分からなかったらしい。
考えにしなかったのだろうか。確かめることももうできないだろう。
母クマは鼻を鳴らすと立ち尽くしたままの子クマたちと目を合わせる。
「この悪い空気を散らさなくちゃいけない。私は彼らを放っておくわけにもいかない。誰かが彼らを埋めてやらねばならない。
私の代わりに二人で家から実を一つ持ってきてほしい。一人が身を運んで、もう一人がその護衛だ。
できるね?」
むっつり黙り込んだまま、それでもとぼとぼ歩き出した我が子を見送る。
巣のあった場所の地面を深く掘り、散らばった『とがりがお』一族を入れていく。
彼らの体だけでなく、血のついた土や草木も周囲ごとくり抜くように集める。
残酷に殺された彼らの恨みや無念はどれほどのものだろう。
しばらくして実を持った子クマたちが戻ってきた。
沈んだ顔なのは変わらないが、何を言われるまでもなく母クマの手伝いを始める二匹。時折ぼそぼそと小さく会話をする声が聞こえるくらいには調子を取り戻している。
『とがりがお』達はあちこちに散らされていて、全て埋め終える頃にはすっかり日が傾いていた。
最後に、家から持ってきた実を丸ごと埋め、三匹で土を被せた。「墓」が出来上がるともう血の匂いはせず、微かな花の香りだけが漂っていた。
子クマたちはひどく衝撃を受けていたが、その後やるべきことのため動くことが出来ていたので引きずりすぎることもないだろう。
母クマに次代がかくもよく育っているのが見え、こんな最中でも一つ心が安らぐようだった。
「あの子はどうなったかな?」
帰り道、姉クマがぽつりとこぼす。
あの弱りきった『とがりがお』を見つけたのはこの近くだ。
「もう暗くなっている。明日明るくなったら連れて行ってあげよう」
翌日子クマたちは早くに起き、母クマにあの『とがりがお』のことをどうか自分たちに任せてほしいと頼み込んだ。
森のヌシ一族としての務めを果たさんと、しっかりした足取りで堂々と向かっていった子クマたちは、
すぐに慌てふためいて母クマの元に戻ることになる。
「「あの子がいなくなってる!」」
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*note『とがりがお』
『とがりがお』はヒトで言う、狐のことを指す熊語
この森にいる種の狐は、通常の狐と比べて少し大きく、色柄の境がはっきりと分かれている。そして基本的に群れを形成する。
目で見分けるのが難しい為、生息地から種を割り出すことがほとんど。
この種の一番の特徴は各地で様々おとぎ話として伝えられているほどで
それは───
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