第11話 おとぎの森


(キツネはしばらくお休み)


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危険な生物が多く生息し、年中吹雪の止まない険しい霊峰。その先に続く深い森。


人が迷い込むことも難しいようなその中心には、楽園のような実り豊かな聖域があり、強大な番人がそこを守り続けている。


その聖域の主に出会えればどんな願いも叶えてくれるだろう。




こういうおとぎ話というと、大抵余計な枝葉を増やしながら伝わっていき、ほとんど嘘ばかりだ。

でもその話の根っこには案外事実が混じっていたりする。



番人だなんて伝えられている当の本人、いや、当としては、自分の住みよい縄張りを守っているだけ。

出かけ先で見つけた美味しいモノを持ち帰って食べ、美味しくない余りタネは捨てていただけらしいが。


温厚でグルメなクマの一家によって代々守られるこの森は、

周囲の人外魔境な山々と反比例するように穏やかだ。



時折山から、争いに敗れ傷ついた獣が降りてきて、体を休めに来ることがある。


普段は凶暴な獣も森の中ではおとなしい。

そうしていれば傷が癒えるまで安全に休める。

何より森で争おうものなら、当代の森のヌシによってどこまで逃げようとも追いつかれ、狩られてしまうからだ。


こうして周りの過酷な環境に似合わず、平和で穏やかな森が続いていた。







……のだが。


しかし最近、この穏やかな森には緊張感が漂いはじめている。


怪我をした獣も、森に逃げ込んできてすぐ出ていき、長く体を休めることはない。

森に住む小さい生き物は息を潜め、滅多に外に出てこない。

変わりないのは空に逃げられる小鳥くらいだ。




ピーチクパーチクやかましい小鳥たちの最近流行の話題は、乱暴者の『くろいの』の傍迷惑な恋について。


強い獣ばかりの山の中でも、上位の強さを持つ鎧熊の群れ。

その中でも際立って強く、より黒く、より硬い甲殻を持つ若い雄の熊。小鳥達いわく『くろいの』



獣の中では大抵強ければそれなりにモテるものなのに、この『くろいの』は全くモテなかった。




なぜなら乱暴者チンピラだから。


怒りに任せて暴れる。

考えなしに喧嘩を売って、イタズラに縄張りを増やす。


いくら強くても、安心して子を産み育てられる場を作れないどころか脅かすしか出来ない雄に魅力はない。


乱暴者チンピラなのに、その精神に不相応な強さを持っているから手に負えない。


そんな『くろいの』はある日、山の獣たち皆が不可侵のルールを守っている、とある森のことを知った。

今まで山の誰もが知る森のことを知らなかったのは、『くろいの』に教えるべきではないと悟った同族たちが秘密にしてきたからだ。



だが、それもここまで。


逃げたいじめ相手を追いかけた『くろいの』は、暖かで豊かな美しい森を見つける。



「この美しい森はオレの縄張りになるべきだ」



『くろいの』は、今までいじめていた相手のことも忘れて森に入る。





そうして無遠慮に踏み込んでいった森の先で、

絶世の美女(熊)に出会う。



一目惚れだった。






彼女は川で狩りをしていた。

日の光を反射して水しぶきがキラキラと彼女を彩る。

ゴツゴツとした同族と違って甲殻はなく、ふわふわと柔らかそうな美しい毛並みを持ち、花の香りをまとう彼女。



気づかれた上で無視されているだなんて思いもしない『くろいの』は、彼女に近づき


「おい!お前!オレのツガイにしてやる!」



最悪である。



彼女は一瞥もせず、無視したまま狩りを続けた。


「俺は誰より強く、広い縄張りも持っている!どうだ!」


力強さのアピールのためか『くろいの』が足を踏み鳴らすと、その振動で川の魚は逃げてしまった。


彼女はため息をついて、少ない魚をくわえて立ち去るが、『くろいの』はしつこく追いかけ、アピールを続ける。



彼女の縄張り近くまでついてこようとした『くろいの』は激しく威嚇され、怯んだ一瞬で彼女は姿を消した。



残念ながら「奥手なんだ、かわいい…」と彼女の拒絶は一切『くろいの』には通じていなかった。


勘違いオスの暴走は止まらない。



連日無視され撒かれているのに気付かず、森に通い詰めて付きまとう『くろいの』は、次のデートはどうしようかと計画を練っている。



ここのところ『くろいの』が恋に浮かれ、暴れることも減っているからか、周囲の山はいつになく平和である。


とはいえ山の誰もが、いつ『くろいの』があの森のヌシの逆鱗に触れるのかと気を張り詰めていた。



なんたってあの森の一族は、


ここらのどの種族より温厚で、

そしてどの種族よりも────





来る日も来る日も付きまといが続いたある日、今日も彼女にデートの誘おうと匂いを辿る『くろいの』は、彼女の匂いがいつもと違うところへ向かっていることに気づいた。


とうとう一緒になってくれるんだと思い込みウキウキで匂いを辿った先にいたのは、








愛しの君ではなく、


自分の何分の一も小さく弱そうなくせして彼女の匂いをまとったオス






……覇者たるオレは寛大なのだ。

すぐに殺すような短気なことはしない。


『くろいの』が試しに小突けば、そいつは避けることもできず、小さな体はあっさり遠くまで転がっていった。



なんてことだ!あんなに小さく弱い雄が彼女のそばにいるなんて!

今だってこうして怯えてギャアギャア叫ぶばかりで、まるで何もできていない。

彼女は優しいからこんなのでも同族を見捨てられないんだろう。


こいつがいるから 彼女は こんなにも強い俺のところに


来てくれない



 こ い つ が い る か ら










ところで、凶暴な獣だらけの魔境に囲まれた、穏やかで実り豊かな森。

その森のヌシ一族、当代である彼女が


何の力もなく縄張りを守れるのだろうか?


否。





つまるところ、この一族は、彼女は、


この山々の中でも最上位の実力を持つゴリゴリの武闘派である。


そして今は、幼い息子を傷つけられ怒り狂う母熊だ。






いつの間に巣から抜け出していた息子。


遠くから微かに息子の怯えた叫びが聞こえた瞬間、

全速力で走り出した彼女はその勢いをさらに増して不届き者にぶち当たり、撥ね飛ばし、息子から引き離す。


とてつもない衝撃と共に撥ね上げられた『くろいの』は、何が起きたのかもわからないまま地面に叩きつけられる。


最初から強かったせいでまともに傷を受けたこともなかった『くろいの』は、感じたことのない痛みに起き上がれもせず混乱していた。


『くろいの』が倒れたまま見上げる目に映ったのは、こちらに目を向けることなく小さい雄を優しく気遣う彼女。







そんな奴は放っておけとか、ふさわくしくないと吠えようとしたところまでは覚えている。


『くろいの』は気づけばボロボロの体で逃げていた。

自慢のヨロイは砕け剥がれて痛みを感じないところがない。血が入ったのか半分の視界。片目が開かない。


思い出せるのは彼女の怒りに燃える目と、迫ってくる白い牙。







なんとか敵に遭遇することなく自分の縄張り奥深くまで逃げ込めた『くろいの』。


傷を癒すためうずくまるが、痛みと恐怖でうまく眠れない。


体力の限界で気絶するように眠っても、夢の中で怒り睨む彼女の目と白い牙が襲い掛かってきて飛び起きる。その度に傷が痛み、苦しむ。


『くろいの』は眠ることもままならない休息の中、じわじわと恨みを募らせていった。


ようやく動けるまで回復した頃には、全てはあのアマのせいになっていた。


どうしようも無い逆恨みである。



今まで怖いものなどなく、勇気が必要になることもなかった『くろいの』には当然彼女に相対する気概もない。



未だ痛む傷に苦しむまま、彼女の縄張りのある森の端まで来た。


しかし、しっぺ返しが怖くて中まで入れない。



強い俺が怯えるなんてあり得ない!



森に向かって吠える。


それでも踏み出せない。



森の端で八つ当たり先を探してうろつく。

自分の縄張り周辺の獣を相手するには、今の傷ついた『くろいの』では難しい。


そうして、森とも山とも言い難い所にある木をこそこそと探してへし折りながら、あてもなく進んでいく。



少しだけ森の内側の木をへし折った黒いのは、倒した木を森に向かって投げつける。


何本もの木々が巻き込まれて転がり落ち、静まり返った森にひどい破壊音が響いた。


音を聞きつけた森のヌシである彼女の気配が遠くに動くのを感じた黒いのは、きびすを返して逃げ帰っていった。








同じ音に反応した別のたくさんの小さな気配のことを考えながら。





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*note 森のヌシ一家の縄張り


・縄張りはカルデラ内の平地の森全部。

 ここは他の動物が入ってきても、わざと森を荒らしたりしなければ怒ったり、追い出したりしない

・キツネが見つけた果樹周辺の爪痕、そこから先は『中心部』

 ここに入った大型生物は排除、手荒になるかはそいつの態度次第。

 キツネサイズはギリギリセーフ。

・中心の巣 近づく前に排除

 許されない

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