ひろいあげて。
霧谷
✳✳✳
──調子外れな音程の童謡を口ずさみながらポケットを小さな掌で叩く少女がひとり。彼女の足取りは軽く、とんとんと地を蹴りながら前に進む。黒く大きなまなこは好奇心と溢れんばかりの無邪気さに満ち、まっすぐに前を見つめていた。ポケットのなかには何もない。空っぽだけが入っている。
かさ、ころころ。つま先に何かが当たる。
そこでようやっと少女は道ばたに落ちている丸められた紙に気がついた。
拾い上げると、そこには短い言葉が書かれている。
『今日もまた駄目だった、上手く話せなかった』
少女はそれをポケットに入れて歩き出す。とんとんと地を蹴りながら、ぽんぽんと紙を撫でる。
大丈夫だよ、辛かったねえ。明日は笑えますように。
かさ、ころころ。つま先に何かが当たる。
ここではすぐに、少女は道ばたに落ちていた丸められた紙に気がついた。
『ああ、嫌だ。あいつが嫌だ。なんであいつばかり』
少女はそれをポケットに入れて歩き出す。ぽんぽんと撫でる掌の体温は、いつもよりもあたたかい。
大丈夫だよ、きみの頑張りはわたしが見てる。
ポケットのなかの紙は、乾いた音を立ててぶつかる。
かさ、ころころ。爪先に何かが当たる。ここでは何が落ちてるのかを判断するのに、少しばかり時間がかかった。念入りに丸められて小さくくしゃくしゃになった紙だった。
少女はその紙を丁寧に開く。
『俺の言葉が目に留まったらひとつだけ伝えたい。
あなたは小さなことにも気付けるすごい人です。
あなたの優しさが、俺を見つけてくれました。
ありがとう。今日も一日おつかれさまです』
少女は笑う。笑って、紙を丁寧にたたむ。
そうしてそれをポケットに入れる。
──悲しみも、怒りも、その人と全く同じものは感じることは出来ない。でも落ちているものを拾って心を寄せることはできる。辛かったね、頑張ったね。
そうして幸せにはこの手から目一杯の『いいね』を届けよう。素敵だね、凄いね、憧れる。いつかそういった感情で、ポケットのなかを満たせたらいい。
そんなことを願いながら、少女は今日も歩き続ける。
ひろいあげて。 霧谷 @168-nHHT
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