朝昼 晩

「私ね、色を操れるの」

 図書室での静かな時間。一緒に読書しているはずの少女、色森しきもりいろはは突然そんなことを言い出した。

「……色森さん、それはイラストを描けるとか、絵が上手いみたいな意味だよね?」

「いいえ。物の色を変えたりする異能、という意味よ」

 そう言うと、彼女はパタリと本を閉じた。

「ちなみに私は絵が下手よ」

「それは訊いてないけど……。つまり、りんごを紫にしたり、夕焼けを青空にしたりできるってことでいいのかな?」

「ええ」

「ふーん」

 いつもの戯れ言だろうか。

 そう思い、本に集中しようとする。

 が、色森さんはさせてくれなかった。

「ほら、見て」

 彼女が何かを見せてくる。

「……何かな」

「何、じゃないわよ。見なさい」

「…………」

 もしかして、と思う。どうやら色森さんは気付いてないらしい。

「あのね、色森さん」

「いいから」

「僕は目が見えないんだよ」

「…………え?」

 やはり気付いてなかったのか。

 そう、見えない。

 僕、藤井庵ふじいいおりは昔、事故に遭ってから目が見えなくなっているのだ。

 あれから、なんとか日常生活はできるようになったし、こうして学校の図書室で点字の本を読めるくらいにはなった。

 周りと同じ生活が出来ていることを、嬉しく思っていたのだけれど、

「まさか、気付いてなかったとは」

「……本当に気付かなかったわ」

 声色からでも、本当に驚いていることがわかる。

「いつも杖持って歩いてるし、声かけても私のほうとはちょっとずれたところを見てるし、読んでる本も点字で書かれてる物ばかりだったし、目の前で変顔しても無反応だったから、おかしいなとは思ってたのよ」

「むしろ、そこまでいって気付かないほうがおかしいよ……」

 というか、人の目の前で変なことしないで欲しい。

「ちなみにさっきのは、ブラジャーの色を変えたから見てほしかったのよ」

「変なことしないで!? 変えられたところで違いが分からないし!」

「冗談よ」

 そう言ってはいるが、彼女のほうから布が擦れる音がする。いったいどこまでが冗談なのか。

「でもだとすると、なおさら興味あるわね」

「……なにが?」

「私の能力の使い方よ」

 声色が、好奇に染まるのを感じる。顔が見れたら、きっと彼女は笑っているだろう。

「私ね、この色を操る力を使っていろいろなことをしてみたのよ。実験みたいな感じで」

「実験?」

「意外な使い方があるんじゃないかと思って。知ってる? 頭ピンクにすると淫乱になるのよ」

「知らないし、知りたくもなかった……」

 しかもやってることがちょっと怖い。誰にやったとか、その後どうなったとかは聞かないでおこう。

「でもいい加減ネタ切れでね、誰かの意見を聞きたかったのよ」

 なるほど、それで僕に能力のことを明かしたのか。

「だとすれば、残念だったね。生憎、僕は色を忘れて久しいから」

「いや、だからこそよ、藤井くん。私はあなたの意見が聞きたい」

 好奇の色が濃くなる。鼻息も感じるし、顔を近づけられたのだろう。

「色を忘れ、色の無い世界で生活しているあなたなら、なにか面白いアイディアが思い付くんじゃないかしら?」

「買いかぶり過ぎだよ、色森さん。僕は目が見えないだけの、普通の高校生だ」

「今はそれを求めているのよ、藤井くん」

 目が見えなくてもわかるくらいに、色森さんの顔が近くなる。

「わかった、わかったから一旦離れて」

「あら、失礼」

 距離が離れて、ようやく息ができる。

「それで、藤井くんは私にどんなことをして欲しいのかしら?」

「期待しすぎだし、言い方が悪い……」

 とは言え、一つだけなら思い付いたことがある。これが彼女の期待に応えられるかは分からないが。

「色森さん」

「なぁに、藤井様?」

「期待と共に地位を高めないで……。じゃなくて、君の能力は、色を無くすことはできるかい?」

「色を無くす?」

 きょとん、という音が聞こえるかのようだ。

「それはまあ、どうかしら、出来るんじゃない? 存在しない色を生み出すことは出来たし。それで、何色を無くすの?」

「…………え?」

 色森さんが息をのむ。まぁ、結構大胆なことではあるか。

「……理由を聞いてもいいかしら?」

「前にアニメでね、君と似たような能力を持ったキャラがいたんだよ。敵だったけどね。そのキャラの対処法が、色を無かったことにする、っていう反則みたいなやり方で戦ったんだけど」

 その時にふと思ったのだ、もしもこの世から色が無くなったら、って。

「もしも色が無くなれば、世界は白と黒だけで構成されることになる。そうなった時、色はどう表現されるんだろうって思ったんだ」

「表現って、そんな漫画みたいな」

「そう、それだよ色森さん」

「?」

「漫画は白と黒で世界を表現されている。つまり、んじゃないかな?」

 盲目になってからは漫画は読んでないけれど、その前になら読んだことはある。あの時の漫画は、細かい点や線を使って色を表していた。確か、トーン? だったか。

「なるほどね……」

「ど、どうかな?」

 変なことを言ってしまったからか、色森さんが静かになる。表情が見えない分、この静寂が落ち着かない。

「いや、うん、面白い。面白いわよ藤井くん!」

 どうやら、喜んでいただけたようだ。

「正確に言えば、漫画もただの白と黒だけではないのだけれど。そうと決まれば、さっそくやってみましょ!」

「えっ、もう?」

 そう言うと、彼女は再度静かになる。どうやら今度は、能力に集中しているらしい。

 当然だろう、色を生み出すのではなく、世界から消すのなら、相当な力が必要なはず。

 仕方なく、僕は読みかけの本に指を這わせることにした。

 内容は全然入ってこなかった。



「………………ああ、なるほど、そういうことね」

 しばらくして、色森さんが静寂を破った。どうやら終わったらしい。

「どう、色森さん?」

「うん、まあ、フフフ。結論から言うとね」

 彼女は言う。

「…………は?」

 何も変わらない。

 それはつまり、この世界は漫画だったということだろうか?

「正確には、

「な、無くならなかった? 失敗したってこと?」

「いいえ、私は確かに色を無くした。

「……ということはやっぱり、この世界は漫画の世界だった、ってこと?」

「違うわ、相変わらずフルカラーよ」

「????」

 ますます意味が分からない。それでは色が無くなっていないじゃないか。

「分からないかしら、藤井くん」

「……全然。色森さん、いったいどういうことだい?」

「それはね、藤井くん。使

「……?」

 色が使われていない。なら、どうして色森さんは先ほど、フルカラー、なんて言ったのだろう?

「この世界に色は無い。けれど、確かに私の目には色が映っている。何故なら、

「それって……」

 勿体ぶってくれたおかげか、なんとか気付くことが出来た。確かに、これなら色は使わずに、フルカラーでいられる。

「ええ、藤井くん。つまり、この世界は色でも漫画でもなく」

 色森さんが、ゆっくりと本を開く。

「文字で構成された文章の世界だった、ってことよ」

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朝昼 晩 @asahiru24

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