天然色の森

ひとえだ

第1話 天然色の森

お題:色


「お昼、あのお蕎麦屋さんにしようよ」

 はるが指を指す

「遥はもの好きだなぁ」


 遥が指さした蕎麦屋の前には女性が立っている。殺意に満ちた形相で辺りをにらみつけている


「あんな凄いの、久しぶり」

 駐車場に車を停めると、最終確認した

「この蕎麦屋でいいの?」

 遥は返事をせずに、そそくさと車を降りた。


 白黒色モノクロームの女性が僕と、遥を睨んでいる。

 僕を見る目の方が殺意が強いようだ。


 遥が見える幽霊は天然色カラーらしいが、僕が見える幽霊は色がなく、白黒色だ。

 

 お陰で幽霊か人間か判別しやすい。

 

 同じ幽霊を見ていても、遥は幽霊に反射した光を見ているので天然色だが、僕は反射でなく実体を見ているので白黒色という結果で納得している。

 つまり、僕にとっての幽霊は蛍光灯のような発光体に近いものと考えていい。

 だから僕は光のない真暗なところでも幽霊を見ることができる。遥には真暗で幽霊を目で見ることができないが、波動を感じるらしく探知は可能である。

 さらに不思議なことは心霊写真のように、何かに映り込んだ霊体は白黒色でなく天然色で見える。

 余談であるが、幽霊よりパンダやペンギンの方が怖い。市井の人が幽霊を怖いと感じることが僕にはパンダやペンギンがそれに相当するのだ。


 天然色の森を

 あなたは駆け抜けて

 逢いに来てくれたね

 人目を凌いで


 父の車でよく聴いた曲だ。

 確か南佳孝さんの曲で詞は松本隆さんだったと思う。父も理系の人の割には美しい詩に対するこだわりが強よかった。父と2人の想い出は音楽を伴っている。

 

 白黒色の幽霊に父の印象が重なった。遥と付き合ってから田舎にいる父にも長いことご無沙汰している。


 遥は涼しい顔で睨む女の前を通ると入り口の柱に紫色の形代を貼った。遥が結界用に使用する形代だ。遥は用途に合わせて形代の色分けしている。幽霊に色のない僕には無縁な話である。

 

 遥が張った形代の位置と干渉がもっとも起きない場所に自分の形代を貼った。これは遥が気付いていない幽霊対策だが

「用心深いわね」

 と軽く遥を不機嫌にさせた。


 遥がのれんを潜ると、大学生くらいの男2人が会話を止めて遥を見た。

 あまりいい気分ではない。

 見回したが、他に客はいなかった。


「一番高いの頼んじゃおうかな?」

「どうぞ」

「つまんない」

「機嫌を直してくれよ」


先日、遥の友人いづみとマンションの内見に2人で出かけた事を怒っている。

 今日の遥の服装と異常なほど盛っている胸は、その報復と考えて間違いないだろう。

 急遽出張になったいづみの彼氏の代役だった。護衛と霊視の任務で同行しただけである。

 最後にいづみに薔薇の花を買ったことが最も気に入らないらしい

 

「何人見える?」

「森の人が2人かな」

 二人の隠語で「森の人」は意図を持たない幽霊で、「林の人」が意図を持つ幽霊を指す

 

「強烈なのは、店の前にいる女だけか」


 内見の時に呼称”傘の幽霊”に遭遇した。その話を僕が遥に黙っていたことも気に入らないらしい、一連の話はいづみの彼氏である拓が聞き出して、いづみのスマホからLINEで遥に伝えたようだ。あとでいづみに謝られた。


 まあ、自分の彼女に男から花が届いたら怒る気持ちは分からないであろうか?いやそうではあるまい。


「今日はB市にも行くのですか?」

 女将さんだろうか?注文を取りに来た女性が聞いてきた

「いいえ、早めにホテルにチェックインして、湖を眺めながらのんびりしようと思います」

 愛想良く答えた

「XXホテルに泊まるんですが、幽霊が出るって噂は本当ですか?」

 遥が白々しく聞いた

「さあ、どうでしょうか?」

 言葉を濁した。女将年代はネットを余り見ないのだろう。先客の会計のため会話を終わりにした。

 

 男2人が店を出て、客が僕と遥だけになると、例の女が入って来た。

 女は店内を見回すと、いつかラグビーで重量FWに突進されたような勢いでこちらに来た


「お客様がいらしたぞ」

 遥に笑って言った。

 女の憤怒の表情が緩んで言葉を発した

「見えているんだろう」

 遥に向けていた目線を女に向けると

「僕はなにもできないぞ」

 女は遥の隣に座った

「話を聞いて欲しい」

 当然のように女の言葉を無視した。女はわめき散らしていたが、相手をしない2人にとうとう泣き出してしまった。それでも2人は相手をしなかった。


 蕎麦が運ばれてきた。女将は遥の隣にいる女の気配を感じ取っているようだった。

 女は今まで見たことのない恐ろしい表情で女将を睨んでいる。

 女将は何かを我々に言いたそうだったが、「ごゆっくり」といって、厨房に去って行った。


 遥は美しい箸使いに上品な音を奏でて蕎麦をすすっている

「何見ているのよ」

「綺麗だなと思って」

「何が?」

「遥が」

 女が暴れ始めた。

 僕は粗末な箸使いと品のない音を立てて蕎麦を頂いた

「美味しいね」

 遥も笑って

「とっても美味しいね」

 これだけの腕前がありながら、幽霊のせいでこの店が繁盛しないのは残念だ。


 暴れている女を無視したまま、遥が、突然聞いてきた

「聞いた事無かったけど、葵のお母さんってどんな人?」

 わさびを蕎麦に付けながら答えた

「派手ではっきりした人だよ、遥のご両親との会話を考えると刺激的だよ。どちらかって言うといづみの彼氏みたいな性格の人かな」

「意外」

「オヤジもなんでお袋みたいな人を選んだか不思議。多分誰でも良かったんじゃないか」

「そんなことはないでしょう」

「オヤジと2人きりの車で、女性はある水準を超えたらみんな一緒だって言っていたな」

「ある水準?」

「オヤジも理系の大学出ているから、数値化出来ていたんじゃないか」

 あんなに荒れていた女が大人しくなった。女が聞いてきた

「おい、お前のオヤジは、水準を超えた女が複数いた場合、どういう選び方をするのだ」


「オヤジが結婚したいときに、一番近くにいた女性を選んだ、と言っていた」

 幽霊の相手をする気は無かったが、何かあれば遥が祓ってくれるだろう。

 

 女は号泣した。

 

 女将は上品さがあった。上品さは子供の頃の影響が強く反映される。勝手な妄想だが、女将は資産家の娘であるように感じた。こんな客の少ない蕎麦屋で生計を立てているのだから、いまだに支援を受けているのかもしれない

 

「彼氏に結婚してもらえなかったのかい?」

 女は泣きながら「くやしい」を何度も何度も繰り返した。

 ひとしきり泣いたら女は店の外に出て行った


「葵は女性に甘いね」

 遥がからかった

「女性には薔薇の花束渡して去ってもらうのが一番だと思うね

 枯れない花なんてないから

 でも梅の花は散っても来年の同じ時期に花を点けるからね

 はるが来るから」


 会計を済ませて店を出て、柱を見ると、遥の形代がなかった。多分先客の2人が外したのだろうと思った。

 見回してもあの女はすでに、どこにもいなかった。

 遥は笑いながら

「葵の形代も効かなかったね」

 と小馬鹿にした。

 

 僕の形代を回収しようとすると、形代の後ろに八つ裂きにされた遥の形代があった。

 紫色だった形代は、赤色に塗りたくられていた。

 遥に見つからないよう、遥の形代をポケットにしまい込んだ。

 -了-

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天然色の森 ひとえだ @hito-eda

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