第一話 下見(2)

 薄紅色のロングドレスは明らかにシータの服の数十倍はするだろうし、長く美しい黒髪はどれだけ長い時間をかけて手入れされたのか、基本的に櫛を一回通せば十分と考えてしまうシータには想像もつかない。

 顔立ちもかなり良い部類で、地方より少し鋭利な印象が強い。いわゆるベルドアド美人ってヤツだ。

 しかも女性らしく引き締まっていながらも、出るべき所は過剰なまでに主張が激しい体型には、「まだ成長期だから」と現実を直視するのを避けてきたシータも、さすがに劣等感を抱かずにはいられない。

 頭二つ分ほど高所から、詮索するような視線がシータの髪に注がれている。シータとしても慣れた事なので、今更どうこう思わないが、露骨過ぎる視線を無視できるほど不感症ではない。

「長旅でお疲れだからって、門の真ん中で立たれていたら通行の妨げになりますわよ」

 お嬢様が長旅と口にしたことからも、シータが辺境から上京した事は認知しているという事だ。

 ベルドアド帝国の中央は黒髪が大半で、シータのような金髪の国民はウルドバーン王国との国境付近に多く帝都では珍しい髪色である。恐らくシータの髪色の具合から、シータの出自にまで気付いているだろう。

 そしてこのお嬢様の黒髪の色質からみて、かなり高位の地位であろう事が伺える。故郷ではそこまで問題にならなくとも、ここでは髪の色は偏見や差別の対象となることに思い至り、シータは軽い疲労感を覚えた。

「――あ、はい」

 お嬢様の言い分に従ったのではない。係わり合いにならない事で面倒な問題を回避する選択肢をとったまでだ。

 シータはそう自己弁護し、荷物を持って歩道の脇に移動する。

 しかしお嬢様は不満げに顔を曇らせ、シータを値踏みするような視線を絡めてきた。

「あなた、お一人かしら?」

「え? まぁ、そうですね」

 シータの返しにお嬢様は不機嫌な表情を顔いっぱいに浮かべた。

「主の家名を言いなさい!」

「は? いきなりなんですか? 私は――」

「まずは謝るのが先でなくって!」

 お嬢様は躾がなっていないだの家の程度が知れるだの悪態をついている。

 シータにしてみれば、突然怒り出され混乱するしかない。

(あぁ、なるほど。髪の色から私が使用人か何かだとと勘違いしたのか)

 本来はシータとお嬢様は対等に近い立場となるはずだ。しかしシータが従者と思われているのなら、その口調や態度からお嬢様が従者であるシータと同格と思われている事に憤慨しているのだろう。

 最初こそは「何なのコイツ」と思ったが、意味がわかるとすぐに怒りは消え去った。

 だがどう説明しようか、その方法を見出せずにいた。頭に血が上った人間は人のいう事を聞かない。まして自分が正しいと信じて疑わない者は特にだ。もう少し落ちつかない事には話をする事すらできないだろう。

 だからといって、彼女の望むようにするというのもシータの矜持が許さない。

(最終手段として一発殴って黙らせようか? そもそもなんでこんな面倒くさいことになっているんだろう?)

 現実逃避でシータはついつい考えてしまう。未来設計通りなら今頃隣の区画にある一角黒狼国立軍学校の重厚に違いない門の前にいるはずなのに――と。

 確かに重厚と言う意味では紅蒲公英女学園の門も引けをとらないだろう。なにせ帝都の花園とか乙女の森だとか大層な名前で呼ばれる紅蒲公英女学園の正門だ。滅多にいないだろうが、劣情をこじらせて突撃する馬鹿がいないとも限らない。

 そんな不埒者の突貫を受け止めるという重責を担う正門が重厚じゃないわけがない。

 何かスゴイ魔導とか呪いが掛かっていると言われたら、疑いなく信じる者は多いだろう。

 犯罪者がここを通ったら雷電の魔導でその動きを止め、風の魔導でその者を遠くに吹き飛ばすとか? と、ついつい想像の翼を広げて大脱線しそうになって、何とか踏みとどまって想像の翼をへし折って地面に叩きつけ自嘲する。

 そんな魔導が掛けられているわけがない。

 どうせならこの世界の理を捻じ曲げ、そのものが存在したという事実すら消し去ってしまうような、そんな大術がかけられていてもおかしくはない。

 しかし実際に防犯対策を門に仕掛けられてはいないだろう。

 そんな大罪を犯す者などこの帝都シィヴィにはいない、などといういい子ちゃんな考えからではない。そんな馬鹿は門に掛けられた魔導や呪いがどうこうする前に、脇に立つ警官がどうにかするだろうからだ。

 帝都でも重要施設の一つになってる紅蒲公英女学院の門を守る警官だ。女学院と言う施設の関係上からか女性警官しかいないようだが、その辺の男はもちろん、ちょっと軍で勲章ものの功績をあげた程度の力量では、到底太刀打ち出来ないほどの手練である事は間違いない。

 軍上層の化物どもが修める帝国剣術には、離れた標的を音よりも早く切り裂く技もあるという。軍からの転向して警官になったという者も多いとも聞くので、魔導や呪いより柔軟な対応ができるはずだ。

 もちろん一言に重厚といっても、一角黒狼軍学校の方は質実剛健、堅牢と言う意味での重厚、こちらは名のある職人の仕事によるものだろう薔薇の彫刻など、趣きを凝らした重厚。方向性が少しばかり違う事も理解はしている。

 それに加え衛兵の存在がこの門が持つ重厚さを構築する要素の一つとなっているのは間違いない。

 物理的な防御力としての重厚とは別に、帝都の名立たる施設の正門が質素と言うのでは示しがつかない。それ以前にここに通う令嬢様方が納得しないだろう。

「ちょっと、あなた聞いていますの? なにか上の空で、もしかして体調とか悪いのですの?」

 だいたい聞き流していたが、要約すると使用人の振る舞い一つでその家の程度が知られるから、気をつけろという内容だった。耳に痛い内容もあったが、そもそもの前程が違うので見当違いな部分の方が多い。

 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったシータだったが、必要以上に絡んだら面倒そうだと判断してやめた。

 上から目線の言い方が癇に障るが、体調を気遣ったりする辺り、根は良い娘なのかもしれない。

「ちょっとそこのあなた。門の真正面で立ち止まっていては、通行の妨げになりますわよ」

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帝国乙女戦記 @Teruro

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