第一話 下見(1)

  (どうして、こうなってしまったのだろうか?)

 シータは自身にそう問いかけていた。

 彼女の予定では今頃一角黒狼国立軍学校に入学しているはずだった。

 しかし適正試験に落ちてしまったのだ。色々思うところはあっても、その結果は仕方ないことだと納得した。

 だがどこでどうなったら、お嬢様学校である紅蒲公英女学園に入学する事になったのかが理解できない。

 噂では選ばれたたお嬢様しか入学を許されない学園だとか言われている場所だ。田舎猪のシータには一番縁のない学校のはずで、入学試験を受けた記憶すらない。

 何かの間違いだとしても、シータに利がないわけではない。考えようによっては、むしろ一角黒狼国立軍学校より有意義かもしれない。

 幾多の疑惑から目を反らしそれを了承したのはそんな下心があったからだ。

 そしてシータは再び自問自答する。

(本当に、どうしてこうなってしまったのだろうか?)

 シータは自分の身長の三倍はあろうかという巨大な半円型の門扉の前で立ち止まり、今一度考え込んだ。

(この一歩を踏み出したら、もう二度と戻れない。引き返すなら今しかない――と格好をつけてはみたものの、お尻に走る激痛に耐えながら一週間も馬車に揺られここまで来てしまった以上、今更戻る選択肢はないに等しいのだけど、ね)

 もはやただの精神的な問題で、彼女の中でどう折り合いをつけるかの問題でしかないというのもシータ自身も理解している。

(もう戻れない、そう考えると何だかこの一歩が非常に重く感じるのよね)

 一種の現実逃避なのだが、柄にもなく緊張しているのかもしれない。

 彼女は小さくため息をつき「下手に立ち止まったりせず、勢いのままに一歩踏み出してしまえば良い」と自分に言い聞かせる。自分の性格上、多少の自問を抱いたとしても「まぁ、ここまで来たからしょうがない」という結論に至ることは明白だからだ。

 だが今日はその一歩を踏み出さず、立ち止まらねばならない理由があった。

 今日はあくまでも下見で、実際にこの門を潜り二度と戻れなくなる――かもしれない事になるのは明日の入寮の日であるからだ、

 そんな深くは無いが重要な理由があったので、今の状況では動きたくても動けない。しかし無駄に余裕があるから迷ってしまう。そんな心の余裕なのか焦燥なのか良くわからない今の複雑な心境が、彼女の思考を混乱させているのだろう。

 場所だけ確認して早々に宿に帰ればよかったと後悔しないでもない。

 正直言えば、今日の下見はほぼ無意味は言い過ぎだとしても、無駄な行動ではあった。宿から帝都の中心の行政区に出るのも容易だったし、紅蒲公英女学園前までも馬車や汽車なども出ている。なんなら行政区から東に伸びる大通りをただ直進すればいいだけだ。迷う可能性は限りなく少なかった。

 ただ一つ、朝から忙しそうにしていた従者二人を連れてこなかったのは正しい選択だった。

 しかし連れてきていれば話し相手ぐらいにはなってくれていただろう。それを思うと、本当に正解だったのかシータは分からなくなってきていた。

 本当は五日前に到着し、余裕をもって従者と学校を下見をして、入学のための書類などを受け取ったり届けたり出来たはずだ。

 しかし急用で帝都に出かけなくてはならなくなった領民に、入学書類と一緒に送られてきた汽車の切符を譲り、商家の荷物を運ぶ馬車に同乗させてもらうことになり到着が二日遅れることになった。道中も問題続出でさらに二日遅れ、到着したのが昨日の夕刻。

 今日は朝から従者二人が手分けして書類集めに奔走し、手持無沙汰になったシータが下見を思いつき実行したという流れだ。

(いやぁ、そもそも下見をしようというのがあやまった選択だったのかも)

 せっかく来たのだから周囲でも見て帰ろう、と足を止めたのは今考えれば間違いだった。下見に行こうと思った時もそうだが、その時はそれが最善だと思ったのだ。

 今は欺瞞でもいいから自分を納得させる結論が今は必要だ。こうと決めたら猪突しがちなくせに、迷ったら動けなくなる性格は誰よりも自分自身が知っている。だが、結果として考えなしに動いてしまう。

(よし。とりあえす帰ろう。こころなしか門の側に立つお巡りさんの視線も、犯罪者を見るようなものになりつつある気がするし。それに――)

「ちょっと、そこのあなた」

 後ろから数人が近付く気配は感じていた。だからこそさっさと立ち去ろうと思ったのだが、話しかけられるとは思わず、ついびっくりして振り返ると、そこにはいかにもなお嬢様が悠然と見下ろしていた。

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