君は虹を見て、好きな色を聞きてきた。

山本レイチェル

何色が好きですか?

「ミカゲ様は何色が好きですかぁ?」


 めちゃくちゃ呑気な話題だが、それとは裏腹な状況にいた。今から2時間くらい前に森で魔物の群れに遭遇して、必死で逃げていたところに、突然のにわか雨。慌てて雨宿りをしようとしたところを魔物に見つかり、かくかくしかじかで、ボロボロずぶ濡れで、命からがら、やっと一息ついたところだった。


 やっと一息。といっても、地面に仰向けで大の字になるのが精一杯ってところだ。仰いだ空には、腹が立つほど綺麗な虹が架かっていた。それを見ての話題だろう。


「ミカゲ様ぁ、無視しないでくださいよぉ。何色が好きなんですか?」


「んー」


 好きな色。そんなもん無い。でも、無難に黒とでも言っておこうかな。


「黒」


「虹に黒はないですねぇ。せっかく魔法少女になったんですから、ピンクとかどうですかぁ?」


 好きな色を聞いてきて、他の色を勧める。何をしたいかわからんコイツは、俺を魔法少女に変身させて、ついでに異世界まで連れてきたとんでもない女だ。現在コイツと2人で異世界を彷徨っている最中だ。


「魔法少女の黒はレジェンドクラスで居るだろうよ」


「でも、ミカゲ様は黒ってイメージじゃないですよぉ。ピンクとかブルーとか、可愛い色がいいです」


「コハクは黄色イメージだよな」


 隣で呑気にイメージカラーを語る、このとんでもない女の名前はコハク。元魔法少女でその能力を俺に譲渡し、今はただの呑気な女の子になった。らしい。


「まぁ、コハク色っていうか、黄色モチーフでしたねぇ。自分的には紫なんですけどねぇ」


「追加キャラって感じだな」


「ミステリアスじゃないですかぁ紫」


「紫キャラいいよな。わかる。でも、お前はやっぱり黄色、もしくは茶色だな」


「茶色は可愛くない気がしますぅ」


「茶色、可愛いだろ」


「ええ? そんなこと言うの少数派だと思いますぅ」


 コハクは、泥と血がべったり張り付いた頬を軽く膨らませた。頬から肩口に視線を移すと、怪我の状況がわからないくらい、血と泥で汚れていた。

 魔法少女になったと言っても、肝心な時に変身も魔法も使えないんじゃ意味がねぇな。コハクの怪我はひどそうだが、俺だって似たような状況だ。手を伸ばせば触れられそうな距離だけれど、肝心の手が動かない。俺の腕は一体どうなっているのか、状況すらわからない。


 このまま、ここで2人。ゆっくり事切れてしまうのかもしれない。


 まぁ、いいか。元々、学校もそんなに楽しくなかったし、家でゲームするのも楽しいっちゃ楽しいけど、時間潰しって感じだったし。一生懸命に戦って力尽きるなんて、俺にはカッコ良すぎる最後かもしれない。

 短い間だったけど、不便な異世界での冒険は小さな発見の連続で、それを楽しむコハクの存在は大きかった。おかげで楽しい旅だった。

 いつしかコハクの雑談も途切れてしまい、身体の痛みに向き合うことしかできなくなっていた。これは、かなりきつい。



「くっそ! もういい。オラ、来いよ!!」



 最期の力を振り絞って吠える。 

 ワオーン。遠くで獣が応えるように咆哮した。さっき俺たちを襲った魔物も、この声を聞いて戻ってくるはずだ。


 もう、一思いにやってもらおう。抵抗する体力も気力もない。目を瞑ると、風が吹いて、獣の匂いがした。


 速いな。もうお出ましかよ。さあ、早く楽にしてくれ。



「姫様ぁ! 口がわるぅございます。こんなに血みどろになって、心配したんですよお! もおぉ!!」


 現れた獣は、女の声で捲し立て、おもむろに俺を舐めまわした。うっすら目を開けると、バカでかい狼のような姿をしている。


「んもー! 腕とか取れちゃいそうになってますぅ。しゃぶっちゃお⭐︎」


 取れそうになっている腕をしゃぶるのはやめてほしいが、抵抗する体力がない。


「んふー。ほいひい❤️ 塩分と鉄分たっぷり。濃いめの味つけ。無限に食べれちゃう」


 食リポもやめてほしい。

 ああ、コイツのことを忘れていた。異世界に来て、初めて出会った生き物だ。色々あって、俺を慕う化け物で、慕いすぎて閉じ込められた。だから逃げて、その後、森で魔物に襲われて今に至る。

 遅かれ早かれ、コイツに喰われてしまう運命だったのかな。食い方がうまいのか、思いやりなのか、せめて痛みがないのが救いだ。


 ……おかしい。痛くなさすぎる。すでにズタボロだから、何をしなくとも痛いはずだ。


「姫様。私、回復系あまり上手じゃないからお屋敷で改めて手当てしましょうね。ついでにこっちの娘にも唾つけときますね。ペッ」


 狼はコハクに向かって雑に唾を吐いた。


「……ん……ミカゲ様?……臭っ。え? 何これ?」


 コハクはドロドロのまま、元気に飛び起きた後、節々を痛そうにさすった。


「さあ、姫様。帰りましょう」


 バカでか狼は俺たちが乗りやすいように伏せの体勢になる。俺とコハクは、死ぬよりは閉じ込められる方がマシだと、あきらめモードでまたがった。


 お屋敷へと向かう狼の背中で、ふと思い出した。


「コハク。俺さ、戦隊もののレッドが好きだった。いつも、毎回」


「え? 何の話ですかぁ?」


「いや、いいよ。何でもない」


 好きな色の話なんて、コハクはもう覚えていないようだ。急に恥ずかしくなって黙る。


「あー。好きな色、レッドでしたかぁ。意外と熱血なんですねぇ」


「意外だよなぁ」


「でも、狼呼ぼうとして大声出したところ、熱血っぽかったかもです。頑張りましたねぇ。おかげで命拾いです」


「……」


 それに関しては、消極的な理由すぎるから言わないことにした。

 

 命拾い。確かに。今こうしてコハクと話ができるのは、生きているからだ。生きててよかった。情けないことに、涙がボロボロ出てくる。そうか、俺は怖かったんだ。コハクは背後にいるから顔を見られなくてよかった。


「ミカゲ様。好きな色、思い出せてよかったですねぇ」


 俺がこっそり号泣しているのを知ってか知らずか、コハクの声が弾んでいた。俺が好きな色を思い出すだけで声を弾ませる女の子がいる。


 もしかして、俺は幸せなのかもしれない。

 


















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君は虹を見て、好きな色を聞きてきた。 山本レイチェル @goatmilkcheese

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