番外編 ハッピーハロウィン



 ハロウィン企画ものになります。

 少々長くなりましたが、最後まで見ていただけると!



 ――――――



「トリック・オア・トリート!」


「……どうしたの楓ちゃん、藪から棒に」


 もう夜。そんな時間帯のチャイムに、何事かと思いながら私は玄関の扉を開けた。

 すると、扉の向こうにいた人物……白鳥 楓しらとり かえでちゃんが、私花野咲 詩乃はなのさき しのの顔を見るなり笑顔を浮かべていったのだ。


 トリック・オア・トリート、と。


「どうしたって、ハロウィンよハロウィン」


「いや、それはわかるけど……」


 ただでさえ、その言葉が意味するのは一つしかない。加えて今は、十月末。

 それがハロウィンを指していることは、言われなくてもわかるけど……


「そもそもハロウィンって、明日でしょ?」


 そもそもハロウィンは、十月三十一日のイベントのはずだ。ハロウィンとは無縁の私だって、それくらいはわかる。

 でも、今日は十月三十日。今は夜だけど、さすがに日を跨いではいない。


 なので、トリック・オア・トリートも今日は正しくはないはずだ。


「そんな冷静に返されると恥ずくなっちゃうじゃん。とりあえず上ーげて」


 玄関で立ち話をするわけにもいかないので、楓ちゃんを招き入れる。

 手には紙袋を持っている。なにか持ってきてくれたのだろうか。


「へぇ、意外ときれいにしてるのね」


「意外は余計でしょ」


 座布団を用意して、楓ちゃんにそこに座るように促す。

 まったく、こんな時間に訪ねてくるなんてどうしたというんだ。


「お茶でいい?」


「あはは、お構いなくー」


「……ま、お茶しかないんだけどね」


 さて、これは私から切り出すべきだろうか。なにをしに来たのか。

 そんなことを考えながらお茶の準備をしていると、楓ちゃんが先に切り出した。


「今日来た理由だけどさー。

 あんた前に言ってたでしょ? 甲斐にお世話になってばかりで、お礼がしたい〜って」


 だけど、それはなぜか甲斐くんの話だった。


「うん、そうだけど……」


 隣の部屋に住んでいて、楓ちゃんの弟でもある白鳥 甲斐しらとり かいくん。

 ひょんなことから彼には、夜の食事と次の日のお弁当をお世話になっている。といっても、毎日じゃないけど。

 今日みたいに、彼がバイトの日まで頼ってはいられないし。


 自分で言うのもなんだけど、今じゃ甲斐くんにすっかり胃袋を掴まれている……甲斐くんのご飯がないと耐えられない!


「でも、なんで甲斐くんの話? 私が聞きたいのは……」


「高校生の男にご飯作ってもらって、当の本人はご飯ご馳走になってお酒飲んで酔っ払って絡むだけだもんねー、そりゃお礼したいよねー」


「うぐっ……」


 事実とはいえ……改めて言い並べられると、ひどいな私。

 私は甲斐くんにお世話になってばかりだ。なにもお返しができていない。


 だから、なにか彼にお返し……ううん、彼を喜ばせることができないかと、楓ちゃんに相談したんだけど。

 この子、完全にからかってくるじゃん。


「……はい、お茶」


「お、あんがとー」


「……それで、甲斐くんの話が今日来た理由と関係あるの?」


 お茶を淹れ、楓ちゃんの前に差し出す。机に置くと、私は正面のベッドに座る。

 一口飲んで、喉を潤す。うん、冷たくておいしい。


「もちもち、関係大ありよん。言ったでしょー、トリック・オア・トリートって」


「……そこが繋がらないんだけど。なんでハロウィン?」


 甲斐くんにお礼がしたいとは言ったし、そのために楓ちゃんが案を出してくれるなら大助かりだ。

 本来なら、こういうのは私自身が考えないといけないんだけど……


 高校生の男の子が喜びそうなもの、わからないんだもん。


「ま、簡単な話。ハロウィンって言ったらコスプレじゃん? だから甲斐に詩乃のコス衣装見せてやればいいんじゃないかなって」


 ……いやにあっさりと、楓ちゃんは言った。


「……えっと、ちょっと待って」


「はいはい」


「確認したいんだけど……ハロウィンって言ったらコスプレなの?」


「もちろんよ!」


 楓ちゃんは自信たっぷりに言った。

 それはそうかもしれない。ニュースとか見てると、変わった格好してる人がいっぱいいるし。子供にお菓子配るだけのイベントじゃなかったんだなとは思ってた。


「さっき言った通り、詩乃がコスプレして甲斐にそれを見せつけてやればそれがお礼になるって話よ!」


 そして、自信満々げに言い切った。


 すごい、言い切ったよこの子……

 でも、でもだ。


「本当にそんなのが、お礼になるの?」


 そんなことがお礼になるとは思えない。


「もちろんよ。むしろ男子高校生なんて、ちょっとえっちな衣装着て見せてやれば喜ぶもんよ」


「えええ、えっちな!?」


 楓ちゃんはきちんと私の疑問に答えてくれるけど、なんだかとんでもないことを言っている。

 えっちな衣装って言った!? えっちな衣装って言ったよね今!?


「いやいや、そんな単純じゃないでしょ」


「いやいや、そんな単純なもんよ男なんて」


 どこからこんな自信が出てくるんだろう。

 まさか、本当にそうなのだろうか? 高校生の弟を持つ楓ちゃんが言うなら……


「か、甲斐くんに怒られちゃうよ? ここの壁薄いし、単純とか言ったの聞こえてるかも……」


「甲斐はバイトでしょう」


 ……知っていたのか、楓ちゃんめ。いや、なんで知ってるんだ?


「ふふん、私とギブスの仲をなめちゃあかんぜよ」


 私の考えていたことを読んだかのように、楓ちゃんは答えた。

 そういえば、甲斐くんのバイト先の店長さんと楓ちゃんは、知り合い……というか友達みたいだった。海の時車を出してくれたのは店長さんだったし。


 どんな関係なんだよ。


「というか、ハロウィンなのにコスプレ見せるだけでいいの? お菓子あげたりとか」


「お菓子あげたいなら甲斐からトリック・オア・トリートしてもらわないと。詩乃からトリック・オア・トリートしたら、文字通りお菓子をくれないと甲斐にいたずらしちゃうことになるし……

 あ、まさかハロウィンにかこつけて甲斐にえっちないたずらするつもり? いやらし」


「勝手に変な想像で話を進めないで!? あとなんでなにもかもえっちにするの!?」


 楓ちゃんめ、やっぱり楽しんでないか? 私の反応見て楽しんでるだろ。

 でも、こんな時間に来て一応はアドバイスしてくれてるん、だよね。


 え、えっちなのはともかくとして……男子高校生が喜ぶって言うんなら、コスプレくらいなら……


「してみても、いいのかも……」


「え? え? 今してみてもいいって言った? 言ったよね!?」


 うわちゃあ、聞こえちゃってたよ。めちゃくちゃ目を光らせてるよ。


「……ホントに、甲斐くんが喜ぶのね?」


「もちもち! ほんじゃさっそく、着てみましょうか!」


「あんまり過激なのは着ないからね」


 楓ちゃんは、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃぎ、置いていた紙袋を手に取った。

 あれ、お菓子とかじゃなくてまさか、コスプレの衣装が入ってたのか……


 ってか、最初からコスプレさせるつもりだったんじゃん!

 まったくもう。……でもま、甲斐くんのためなら……す、少しくらい露出があっても、うん……や、やってやる!


「なんでそんなの持ってるのよ」


「なんでって……そりゃ、彼氏と楽しむためでしょうよ。

 いやあ、最近はいろんなのあるのね。衣装によって気分も変わるし、ドハマりしたら一晩中なんてことも……」


「もういいやめて!」


「あ、今日持ってきたのはちゃんと新品だから。心配しないで……」


「やめてって言ってんでしょ!」


 それから私は、楓ちゃん持参のコスプレ衣装を着て、翌日甲斐くんにお披露目することになった。



 ――――――



 ハロウィン当日。

 今日は祝日なのでお休みだけど、甲斐くんは学校があるみたいだ。なので甲斐くんを待ち伏せることが出来る。なんて好都合な展開。


「ね、ねえ、ほんとにこんなので、甲斐くん喜ぶの?」


「うんうん、もちもち。めっちゃ似合ってるよ詩乃」


 結局楓ちゃんが持ってきた衣装を着ることになった。せっかく持ってきてくれたのだから、と決めたものだったけど……

 あ、足がスースーする……


 今私が着ているのは、言ってしまえば魔女風のコスプレだ。

 黒い衣装に、下はスカート。とんがった帽子を被っていて、ご丁寧にステッキまで持っている。

 魔女なのは、いいんだけど……この衣装、スカートが短いのだ。


「こんな短いスカート、履くの学生以来だよぉ……」


「え、マジで? もったいない。あんた脚きれいなんだから、がんがん出してけば男が寄ってくるだろうに」


「それに……なんか、胸のあたり見えすぎじゃない?」


「こんなもんだって」


 足と、それに胸元が心許ない気がする。

 ちなみに楓ちゃんは普通に私服だ。今回は私から甲斐くんへのお礼なのだから、自分までコスプレしてたら特別感がなくなってしまうとかなんとか。


 本当にこれで、甲斐くんが喜ぶのか?


「普段の詩乃考えると、確かに露出ある方かもねー。

 まあでも、普段露出がない分この服はギャップ萌えを狙えて良いんじゃあないかなー」


 楓ちゃんは私の格好を見ながらぶつぶつ言っている。絶対楽しんでる。

 とはいえ……ここまで来たらやるしかない。


 この部屋で待っていれば、甲斐くんが帰ってくる。ここは甲斐くんの部屋、鍵は楓ちゃんが合鍵を持っていた。

 勝手に入って申し訳ないけど、この方がサプライズ感があると楓ちゃんの案だ。


「はぁ、ふぅ……」


 深呼吸を繰り返す。時計をチラチラ確認する。

 時間の進みがやけに遅い気がする。


 でも、時間は確かに進んでいく。ついに、その時が迫る。

 ガチャ、と扉が開く。甲斐くんが帰ってきたのだ。

 

「あれ、おかしーな。鍵閉めたと思ったけど……

 って、電気まで?」


 困惑する甲斐くんの声が聞こえる。

 うぅ、なんかすごく悪いことしている気分になってきた……


 部屋と玄関を仕切っている扉が、開く。


「おっかえりー、甲斐ー!」


「……って、ね、姉ちゃん!?」


 扉が開くと、甲斐くんの姿を確認した楓ちゃんが呼びかける。

 その姿に、当然甲斐くんは驚いている。


「なんで俺の部屋に……なるほど、だから鍵や電気が。ったく、泥棒かと思っ……た……」


 楓ちゃんの存在に、驚きながらもどこか納得したような甲斐くんはあきれた様子で……

 楓ちゃんの背中に隠れるように立つ私の姿を見つけて、固まった。


 は、恥ずかしい……いや、隠れていても仕方ない! ええいままよ!


「は、ハッピー、ハロウィン!」


 私は恥ずかしさを覚えながらも、楓ちゃんの背中から飛び出し全力で笑顔を浮かべた。事前に決めていたポーズも忘れない。

 ウインクをして、ステッキの先端を甲斐くんに向けるように構えて、空いた手でピースをする。

 もうやけくそだった。


 場が、静まった。


「…………」


 いったい、どれくらいそうしていただろう。実際には数秒だったはずだけど、私にはすごく長い時間に感じられた。

 せめて、なにか言ってくれないだろうか……


 そう思って、私は甲斐くんに言葉をかけようとして。


「あ、あの、か……」


「…………ぶはっ!」


 突然、甲斐くんは鼻血を噴き出して後ろに倒れた。

 その光景に、またも沈黙。だけどすぐに、状況を理解した。


「か、甲斐くん!?」


 倒れた甲斐くんの側に、駆け寄る。き、気絶しちゃってるよ!?

 背中から倒れたけど……あぁ、頭打ってないかな。


 どど、どうしよう、どうしよう楓ちゃん!


「あちゃー、まさかこんなことになるとは。てか、興奮して鼻血出す奴初めて見た」


 楓ちゃんに振り返ると、楽しそうに笑っていた。


「も、もう楓ちゃん!」


「あはは、ごめんごめん。でも大丈夫、どこも打ってないみたいだし。

 こりゃ大成功だね」


「どこが!?」


「だって見てみなよ、その顔」


 のんきに笑う楓ちゃんに指摘されて、気を失っている甲斐くんの顔を見る。

 その顔は、鼻から血を流していたけど……なぜか、すごく幸せそうだった。


「な、なんでー!?」


 ……その後、甲斐くんが起きるまで膝枕してやれと楓ちゃんが言うので、おとなしく従った。膝に髪の毛が当たってくすぐったい。

 三分くらいして、甲斐くんが目覚めた。けれど、膝枕をされている事実を確認するとまた気絶した。


「なんでー!?」


 …………その後、今度こそようやく起きた甲斐くんに事情を説明。顔を赤くしていたから怒られるかと思っていたけど……


「お、お礼って……そんなの、気にしなくてもいいのに。

 でもまあ……一応、ありがとう、ございます」


 どうやら怒ってはいなかった。

 楓ちゃん曰く、照れているだけらしかった。なんだかちょっとかわいい。


 ちなみに、ちゃんとお菓子も用意していたので、みんなでおいしく食べた。おいしかった。

 なんだか散々なハロウィンだったけど……甲斐くんが喜んでくれたようで、心の奥が温かくなる感じがした。

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