(最終話)第17話 終演と涙

 ライブ終了後にステージの後片付けをして、ライブを手伝ってくれた人たちに挨拶をしていたら、すっかり暗くなっていた。

 私たちは宿屋へ続く道を静かに歩いていた。


「…………」


 ぐうぅぅぅぅ~。

 お腹から低い音が鳴っちゃった。


「……くす。なぁに、今の音」


「てへへ、緊張が解けたらお腹が鳴っちゃった」


「女将さんが夕飯を作って待ってるわ。それまで我慢ね」


「うぅ、お腹と背中がくっつきそうだよぉ~……」


 私たちの間にのんびりとした、どこか心地の良い空気。充実した達成感に満ちていた。


「もう我慢できない! えーい!」


 空腹を我慢出来そうにないし、一刻も早くご飯食べたい。

 気付けば私は走り出していた。


「遅いよソラちゃん。負けた方がおかず一品献上ね~!」


「あ、ちょっとズルいわ! 先に走り出してから言うなんて! もう、モモ待ちなさ~い!」


「負けないよー! 私の方が足早いも~ん」




 ◆◇◆◇◆




「それでは初ライブが無事終わったことを祝して……かんぱーい!」


「「「乾杯!」」」


 グラスを持ち上げて祝杯の音頭を取ると、酒場全体から大きな声が聞こえた。

 酒場には大勢の人が集まっていて、席が足りなくて立っている人もいた。

 常連さんだけでなく、ライブを見て私たちのことを知った人もたくさん来ているようだ。


「この店にこんなにたくさんの人がいるの初めてみたよ~!」


「本当ね。満席になってるのさえ見たことないのに」


「ホントホント。でも何でこの店のこと知ってるんだろーね?」


 グラスを傾けて中の飲み物を喉に通す。

 祝いの席とはいえ私たちはまだ14歳。まだお酒を飲めないので、果実ジュースを飲んでいる。

 みんなはお酒で盛り上がってるのに私たちだけ飲めないのは少し寂しい。



「いやぁ、お疲れさん! あんた達のらいぶっていうのかい、すごかったよ」


 おかみさんがテーブルに料理を運んできた。

 特製ソースをたっぷり塗ったテカテカの肉料理が、目の前にドスンと置かれる。


「おかみさんも見に来てくれたんですね! お店の方はよかったんですか?」


「いいのいいの。らいぶが終わった後に、うちの宣伝をした方がよっぽど儲かるからねぇ」


 なるほど、お客さんが多い理由はそれか。

 きっと「あの子らはうちの店の関係者だよ」といった感じで宣伝したんだろう。

 私たちがこの店で夕飯を食べるのを見越して、ライブのお客さんを誘導したんだ。

 流石おかみさん、抜け目ない人……!



「いや~モモちゃん、ステージ見たよ! すごいよかった!」


「えへへ。ありがとうございます! いっつも奥の席でダンスを見てくれてた人ですよね?」


「お、覚えててくれたのかい? 嬉しいなぁ……」


「とーぜんですよ~」


 常連さんの顔は大体覚えてるもの。

 二年間も通ってくれれば、話したことなくても頭に残ってる。



「そ、そそそそ……ソラちゃんっ。歌最高だったんだなぁ……!」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると頑張った甲斐があります」


「うひぃぃぃぃ! 間近で聞くソラちゃんの声マジ天使ぃぃぃぃ!」


「え、あの大丈夫ですか!? 急に痙攣し始めましたけど!?」


 その後も常連さんや、ライブで私たちを知った人に話しかけられた。

 みんな暖かい言葉ばかり送ってくれて、とっても嬉しかった。

 突然のライブだったけど、頑張ってよかった……心からそう感じる。



「モモちゃん、ソラちゃん。ライブお疲れ様でした」


「あっ受付のお姉さん! えへへ、ありがとうございまーす!」


「お疲れ様です。受付さんに色々と助けていただかなかったら、どうなっていたかと……」


「いえいえ、私は冒険者のサポートがお仕事ですから。当然のことをしたまでですよ」


 お姉さんはいつもの綺麗な顔で笑ってみせる。

 あんなに手伝ってくれたのに、それを当然のことと言い切るなんて。

 やっぱりお姉さんって大人だなぁ……。


「食事中に申し訳ないのですが、お二人に報酬の件でお話があります」


ほうひゅう報酬?」


「モモ、食べながら話さないの。ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」


 ソラちゃんに怒られたので、口の中のものを飲み込む。


「はーい。ソラちゃん、本当にお母さんみたいだよね~」


「だから、誰がお母さんよ!」


 だって母親みたいなこと言ってくるんだもん。

 実の母親にだって、そこまで怒られたことないのに。


「ふふふ。お二人のライブは依頼扱いですから、当然ライブが無事成功したら報酬が支払われます」


「すっかり忘れてました!」


「報酬は全部で500000Gです。パーティへの報酬なので、お一人250000Gとなります」


「へぇ~……え? すみませんもう一回言ってください」


 今、聞き慣れない数字が聞こえたような。

 たぶん間違いだよね、きっとそうだ。


「お一人25万Gです」


「に、25万!? それっておかしくないですか!?」


「そ、そうです何かの間違いに決まってます!!」


 私もソラちゃんも、思わず椅子から立ち上がる。

 しかしお姉さんは困ったような顔をして、私たちに言う。


「この報酬じゃ少ないですか? ですが依頼者の皆さんが集めた金額がこの額なんです。Aランクの冒険者への報酬としても、妥当なラインなんですよ」


「多すぎって意味ですよー! 大体お姉さん、今まで私たちが10Gとかの報酬ばっかりやってたの知ってますよね?」


「こ、子供にそんな大金を渡しちゃ駄目です! わ、私は子供じゃないですけど」


「いやソラちゃん、14歳は子供だよ! 祝福の儀を受け終わっても、正式に大人扱いされるのは18歳になってからだもん!」


「今そこを議論する必要ないでしょ!? 言いたいのは、金額が大きすぎるってことよ!」


「あ、そうだった。お姉さん、やっぱり二人で50万Gなんて多過ぎですよ」


 しかし受付のお姉さんは首を横に振る。

 これが正当な金額だと譲らなかった。


「いいですか。お二人はAランクの冒険者です。Aランクに名指しで依頼するのは、とってもお金がかかることなんですよ。安い金額で受けてしまったら、他の冒険者の方に依頼が来なくなるんです」


「安請け合いしたら、同業者の仕事を奪う行為になるってことですね」


「そういうことです。ですから当ギルドでは報酬の値下げなんてしませんし、また依頼者の方も返金に納得しないはずです。これはお二人の素敵なライブへの、みんなからのお礼ですから」


 お姉さんの言葉を聞いてしまうと、もう私たちは納得するしかなかった。

 だって低ランクの頃に、必死で受けられる依頼を探してたのを思い出したから。

 他の人たちの依頼が減っちゃうかもしれないことをするワケにはいかないもの。


「じゃあ……ありがたくいただきます」


「はい。支払いは明日にでもギルドに来ていただければ」


 お姉さんはそう言って、いつものようにニコリと笑った。



 しかし、次の瞬間――


「う、うう……」


「お、お姉さん……? どうしたんですかっ」


「二人とも……とっても素敵でした……本当に、本当に……グス」


 お姉さんは泣いていた。

 いつも笑顔を絶やさないはずの人が、泣き崩れていた。


「お二人がずっと、頑張ってたのを知ってるから……嬉しくて……うぅ……」


 それは私たちをずっと見てきた、お姉さんの優しさから来る涙だ。


 Fランクで燻っていた私に、暖かい言葉をくれた人。

 他の冒険者に馬鹿にされても、いつも励ましてくれたお姉さん。

 変わらぬ笑顔で接してくれたお姉さんの涙を見ると、私も自然と泣いてしまった。

 ソラちゃんも、感極まって涙ぐんでいた。鼻も赤くなっている。


「うわぁぁん! お姉さーん!」


 考えるよりも先に、私たちは三人で抱き合った。

 そして、人目をはばからずに声を出して泣いた。


「私たち、がんばったよ~! ずっとずっと、ずーっとつらかったけど頑張ったんだよ~!」


「ええ、そうですよ……! 二人とも、今までずっと頑張ってました……」


「私、モモや受付さんがいなかったら、とっくに冒険者を辞めていました……!」


「いいえ、私は関係ありません……お二人の努力が今日に繋がっているんです……」


「うええん! ありがとうお姉さん~! みんな大好き~!」



 いつの間にか私たちの周りを、酒場のお客さん全員が囲んでいた。

 拍手をする人。一緒に泣いている人。腕を組んで頷いている人がいた。


 その日はたぶん、人生で一番泣いた夜だった。

 涙の理由がうれし泣きだったことは、私にとって幸せなことだった。

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ハズレ支援職「踊り子」ですけど極めたらチートジョブ「アイドル」になりました taqno(タクノ) @taqno2nd

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