第16話 開演です

 ハーヤルの街で一番広い場所、噴水広場。

 そこに特設ステージが建てられていた。

 酒場にある小さなお立ち台と違い、数メートルの幅がある大きなステージだ。


「た、大変なことになっちゃった。ここまで本格的にやるなんて、思ってもみなかったよ」


「依頼してきた人たちの中に、大工の職人がいたのが運の尽きね。こんなステージを用意してもらっておいて、言えることじゃないけれど」


「だね~。それにしても、酒場の常連さんたち行動力ありすぎだよ~! 一夜で作っちゃうなんて~」


 いくら何でもたった一日でステージを作り上げるなんて、無茶苦茶にも程がある。

 これが実用的なスキルを持った人の力か。いやそれにしても、力の使い方がおかしくないかな?

 その熱意がどこから来るのか、ちょっと怖い。



「モモちゃーん!」


「ソラちゃん~! まだかー!」



 観客席の声が舞台裏にまで届いてくる。

 どう考えても、数十人という規模じゃない声量だ。

 一体どれだけの人が表にいるんだろう……。


「こ、こんなことになっちゃったのは予想外だけど、ここまでお膳立てされて引き返すわけにはいかないよね」


「そうね。考え方によっては、私たちの知名度を上げるまたとないチャンスなわけだし、前向きにやるしかないわね」


「うん! ……でもやっぱり緊張する~」


 心臓が今までに無いくらい、縮こまってしまう。

 まるで凍り付いてしまったかのように、全身の血が冷め切っている。

 完全に萎縮しちゃってるって、嫌でも自覚してしまう。


 そんな張り詰めた空気の中に、受付お姉さんがやってくる。


「ギルド職員で観客の整備をしていますけど、すごい人数ですよ! こんなに人が集まるなんて、まるでお祭りみたいです」


「ち、ちなみにどれくらいお客さん来てますか?」


「そうですね、ざっと見たところ三桁は行ってますね」


「さ、三桁!? それって数百人ってことですかー!?」


 いつも酒場でダンスを見てくれる常連さんがニ、三十人くらいとして……。

 少なくとも四倍くらいの人が来てるということだ。


 ソラちゃんも数字の大きさに戸惑いを隠せないようだ。


「どうしてそんなに来てるのかしら……」


「そうだよね、私たちのこと知ってる人なんてせいぜい数十人くらいだろうし……」


 踊り子の仕事なんて酒場の常連さんくらいしか知らないはずだ。

 冒険者としての知名度なら、もっと低い。

 それなのに、数百人もの観客がいる理由が分からない。


 疑問を感じていると、受付お姉さんが原因を教えてくれた。


「どうも依頼者の皆さんが街中に宣伝して回ってるみたいですね。まだまだ増えると思います」


「まだ増えるのー!? な、なんだか大変なことになってきちゃった……」


「モモ、しっかりして! お、落ち着いて水でも飲むのよ。ほ、ほら」


 そう言うと、ソラちゃんはコップをこちらに渡してくる。

 しかし、コップの水はバシャバシャと音を立てている。

 誰が見ても、ソラちゃんの方が緊張していた。


 受付お姉さんは緊張する私の背中を、優しく擦る。

 私たちが落ち着いたのを確認すると、ライブの内容を確認した。


「お二人はどんな歌を歌うか決めてあるんですか?」


「はい、一応……。スキルで覚えた歌をいくつか歌おうと思ってます。お客さんに影響を与えないよう、効果は切っておきますけど」


 歌と踊りのスキルは習得したら脳内にその内容が浮かび上がる。

 スキルを使用すればその動きを自然と再現出来る。

 でもここは街中だ。どんな影響が出るか分からない。

 だからスキルは使わずに、あくまでその歌や踊りを再現するうちに留める。


 もっとも、それはそれで問題があるのだけど。


「私、歌はともかくダンスなんて踊れないわ……どうしよう……」


 そう、普段からダンスの練習をしてきた私と違い、ソラちゃんはダンスが踊れない。

 大勢の人の前でライブするなんて、誰も予想してなかったから仕方ない。


「じゃあ【さそう踊り】でソラちゃんと私の動きをリンクさせるよ。その代わり、歌の方はソラちゃんに任せても良いかな」


「本当? ありがとう、モモ……。歌の方は任せて」


「あと、たくさんのお客さんに歌声が聞こえるように【エターナルボイス】も使わなきゃね」


「声を拡散するスキルね。分かったわ、私とモモの声を噴水広場全体に届くようにしておく」



 段取りも決まり、いよいよ本番が始まろうとしている。

 舞台裏で待つ私に、ソラちゃんが小さな声でぽつりと漏らす。


「ごめんなさい、こんなことになるならダンスの練習もしておくべきだったわ」


「いやー、流石にこれは予想外だよ。気にしなくていいって」


「そう……ね。まあ、私たちの本業って冒険者だもの。仕方ない、よね?」


「うん、だから大丈夫! ソラちゃんは気にせず、私の動きに身を任せて!」


 でも今後も似たような依頼が来たら大変だから、もしものために練習はしたほうがいいのかなぁ。

 私も歌の練習をして、ソラちゃんに頼らずに歌えるようにしないと。

 ……あれ、何か冒険者として軸がブレ始めているような?




「それじゃあ二人とも、時間になりました。観客は今か今かと待ちわびていますよ!」


 お姉さんが開幕の合図を告げる。

 ステージの端に控えていたギルド職員たちがいっせいにロープを引っ張る。

 すると緞帳がゆっくりと上がり始める。いよいよ舞台の幕が上がるのだ。


 視界に写るのは大勢の観客。

 みんなが笑顔で私たちの出番を待っていた。


 その景色を見た瞬間、私の中にあった不安とか緊張は全て消し飛んだ。

 こんなにもたくさんの人が、私たちを見に来てくれた。

 凍り付いた心臓が熱を取り戻す。バクバクと鼓動し、熱く高鳴る。


「行こう、ソラちゃん!」


 私はソラちゃんの手を取って、ステージの真ん中へ駆けだした。


「みーんなー! 今日は集まってくれて、ありがとー!」



「待ってたよーモモちゃーん!」


「ソラちゃん~! かわいい~!」



「うわ~、こんなに大勢の人が来てくれたなんて、とっても嬉しいです!」


 私の言葉に、大きな声援が送られる。


「初めてのお客さんもいるだろうから、改めて自己紹介させてください! 私はモモ・ブルームっていいます!」


「私はソラ・ウインドです。今日はお忙しい中、私たちの初ライブに来てくださり、ありがとうございます!」


「私たち、二人で冒険者パーティを組んでます!」


 自分たちのことを紹介すると、観客の中には「へぇ」と漏らす人や、「うんうん」と頷く人がいた。

 酒場時代の常連さんだけでなく、新規のお客さんもいっぱいいるようだ。



「知ってるよー!」


「踊り子時代から追ってるぜー!」


「モモソラ最強! モモソラ最強! も、もああああ!!!!」



 観客のみんなの声が大きな圧となって私たちに返ってくる。

 改めて、観客の規模がとてつもないものだと感じる。

 そしてみんな私たちの前節にしっかりと反応してくれる。優しい人たちばかりだ。


「今日は私たちにライブの依頼があって、こうしてステージに立たせてもらってます!」


「急な出来事で驚きましたけど、こんなに集まってくれるなんて思いもしませんでした」


「ねー、本当びっくりしたよね。聞いてくださいよ~ソラちゃんったらさっきまで緊張してて、コップを持つ手がすっごい震えてたんですよ~!」


「そ、それを言うならモモだって! とっても不安そうな顔してたじゃない!」


「私もう平気だもーん」


 あはははとステージの向こう側から歓声が上がる。

 お客さんの反応は悪くないようだ。


「それじゃあ前節もこれくらいにして、そろそろ本番にいっちゃってもいいですかー!」



「いーよー!」


「よ! 待ってました!」



「うんうん、みんな元気アリアリって感じですねー!」


「ご期待に添えるように全力で歌います!」


「私たち……歌って踊ってみんなにハッピーを届ける【アイドル】のステージ。是非楽しんでいってください! それじゃあ一曲目、いっくよー!!」



「「「うおおおお!!!!」」」



 スキル【さそう踊り】を一部発動して、ソラちゃんに私の動きをリンクさせる。


 スキルを使っているけど振り付けは自前のものだ。

 ダンスを全部スキル頼りにしたら、見ている人に悪いもの。

 私が練習で培ったものを、ここで思いっきり発揮しちゃおう!


 同じくソラちゃんも【さそいの歌】を使用し、私とソラちゃんの口がリンクする。


 私は左右にステップを踏み、ソラちゃんは歌を歌い始める。


「さあ行こう 夢への第一歩 ここから始まるマイフューチャー♪」


 流石ソラちゃん、とっても上手な歌い出しだ。

 私が踊りながらも安定した歌声が出せるのは、リンクするソラちゃんの歌が完璧だからだ。


 歌はソラちゃんに任せているから、私はダンスに集中出来る。

 腕を交互に振り、体全体でリズムを表現する。


「くやしくて泣いた日もあるっ 立ち止まりそうになった時もっ♪」


「だけど私はここまで来れたよ それはあなたがいるからだよ♪」


 ターンを決めて、お互い見つめ合うようなポーズを取る。

 手を伸ばし、相手の手を取り合うと、大きな歓声が上がる。


「いつまでも忘れないよ 小さな頃の憧れ♪」


「そして今っ 憧れを現実に替える時っ♪」


 ステップを踏み、ターンをした後にビシっとポーズを決める。

 そして歌はサビに突入し、会場の盛り上がりは絶好調となった。


「いつも いつも ホントにありがと~♪ ここにいるのは みんなのおかげ~♪」


「大好きだよ ホントよ ウソじゃない これからもよろしくね♪」


 左右にステップを繰り返し、最後に二人の手を取り合う。

 余った方の手を観客席に向けて振り、一曲目が終わる。



「サイコー!」


「ちょっと待って……無理……死にそう……!」


「モモちゃんが立派になって俺も鼻が高いよ……」


 会場全体から爆発のような歓声が響き渡る。

 そして、その熱が冷めないどころか更に広がっていく。

 噴水広場には何事かと更に人が集まってきている。


「みんな盛り上がってますねー! この歌は私たちを支えてくれた、たくさんの人への感謝の気持ちをこめて歌いましたー!」


「私たちは色々な人のおかげで夢を追い続けることが出来ました。そして今度は、私たちが誰かを支えるような存在になりたい……そう思っています」


「それじゃあこの勢いのまま、次の歌いっくよー! みんなー、もっと盛り上がっていこー!」



「「「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」」



 その後も熱狂は増していき、大勢の人に見守られながらライブは幕を閉じた。

 こうして私たちの記念すべき初ライブは無事成功したのだった。

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