第15話 私達の初ライブ

 夜の街道を歩いて行き、馴染みの宿屋に辿り着いた。

 ドアを開けると、おかみさんが受付にいたので元気よく挨拶する。


「おかみさん、ただいま~!」


「おや、帰ってきたのかい? ずいぶんと久しぶりじゃないかい。心配してたんだよぉ」


「てへへ、ご心配おかけしました。モモ、ただいま帰ってきました~!」


 おかみさんは受付から出てきて、その大きな手でバンバンと肩を叩いてくる。

 ちょっと痛いけど、久々におかみさんと会えたのがただただ嬉しい。


「帰ってきたってことは、無事転職出来たんだねぇ」


「はい、その証拠にほら!」


 首から下げている冒険者証を持ち、おかみさんに見せる。


「なんと、私Aランク冒険者になっちゃいました~!」


「あらまぁ、すごいじゃないのさ! こりゃうちの宿も有名冒険者御用達になっちまったねぇ」


「えへへ~。これもおかみさんにお世話になったおかげですよ」


「あら、嬉しいこと言ってくれちゃって……。うう、いけないねぇ……歳を取ったら涙もろくなっちまうよ……」


 おかみさんは涙を拭うと、ふと私の後ろに視線を向けた。


「あら、そちらの子は?」


「私のとーっても大事な友達です!」


「初めまして、ソラといいます。今晩ここで泊めていただこうと思いまして、あいさつに……」


「何だい、固い子だねぇ。まるであんたと正反対じゃないか」


「えへへ、だから仲良くなったんですよ!」


 私とソラちゃんは性格がまるで違うけど、相性はいいもんね。

 ソラちゃんには私が持ってないものがあるから、私は憧れるんだ。

 逆にソラちゃんも、私を大切に思ってくれているのかは分からないけど。

 おかみさんは「そうかいそうかい」と笑ったけど、ソラちゃんは何だか複雑そう。


 愉快な話も進んでいたところ、おかみさんは少し困った顔をして告げる。


「けど悪いねぇ。部屋は一個しか空いてないんだよ。モモが以前使ってたところを取ってあるんだけどねぇ」


「私の部屋、取っておいてくれたんですか? 何だか悪いです」


「まぁ、単に満室にならなかっただけなんだがねぇ。今日に限って一部屋しか残ってないのさ」


「私は同室でも構いません。ね、ソラちゃん?」


「え、ええ……モモがそれでいいなら。でも代金は二人分払います」


「あ、そうだね。二部屋分の料金っていくらですか?」


 しかし、おかみさんはその持ち前の気前の良さで、一部屋分の料金で十分だと言う。


「いいよいいよ。知り合い料金ってことにしといてあげるさ」


「それはどうかと思います。代金はちゃんと払わないと」


「モモと違って真面目だねぇあんたは。ならご飯代だけは払っておくれ」


 それでも二人分の宿泊費を考えると、格安の条件だ。

 おかみさんの優しさは本当にありがたい。


「そうだ、酒場に顔出していくかい? 常連もあんたの顔を見れなくて寂しがってるよ」


「はい、私も久しぶりにお客さんに会いたいです!」



 酒場に顔を出すと、酔っ払いのお客さんやお酒はそこそこに料理を食べるお客さんなど、大勢いた。

 相変わらず盛況なようだ。これならこの店も安泰だろう。


 私が来たことに気付いた常連客が、大声を出して名前を呼ぶ。


「モモちゃん!? モモちゃんじゃねえか!」


「本当だ、戻ってきたのか?」


「みなさん、お久しぶりでーす! モモ・ブルーム、転職の旅から帰ってきましたー!」


 うおおお、と酒場全体に歓喜の声が響き渡る。

 私のことでこんなに喜んでくれるなんて、世界中探してもここくらいだろうなぁ。


「踊り子に復帰するのかー?」


「えっと、私転職しちゃったから踊り子の仕事は無くなるかも……」


「そ、そんなぁぁぁぁ! じゃあ俺たちは生きる糧がなくなっちまうぅぅぅぅ!」


 悲嘆の声がそこら中から湧き上がる。

 え、私ってそんなに大事に思われていたの? いくらなんでも大げさだよね?


「モモたんがショーに出ないなら、俺もうこの酒場来るのやめゆ!」


「ワシもばあさんに隠れて酒場に通っていたが、ここらが潮時かのぅ……」


「え、ええええ!? み、みんな酔っ払ってるの? いくらなんでも無茶苦茶だよ~!」


「そんなことない! モモちゃんは知らないだろうが、ここの常連の九割はモモちゃん目当てでここに通ってたんだ!」


 きゅ、九割!? それはぜったい嘘!


「我々はモモちゃんのダンスがみたいのだー!」


「そうだそうだー! 今更普通の踊り子で満足出来るわけねぇー!」


「モモたんのせいで巨乳のお姉さんに興味なくなってしまったぜー! 責任とってくれー!」


「そ、そんなこと言われたって……!」


 なんか、思ってたより大変なことになっちゃったかも……。

 私はてっきり、冒険者として頑張れよーとか、そういうエールを送って貰えるのかと……。


 あと、何か変な感想が混じってた気がする。気にしたら負けかな。


「私、冒険者として活動したいんですっ! 困ってる人を助けるのが夢なのー!」


「困ってる人なら目の前にいるぞい! ワシらはモモちゃんをもっと見たいんじゃー!」


「確かに、まっさきに助けてもらいたいぜ。何しろモモちゃんにしか解決出来ないしよー!」


「う、うう……どうしよう……」


 Aランクの冒険者ともなれば、大変な依頼も多いだろうし……。

 毎日ここでダンスをするなんて出来ないよ~……。



「あれ、よく見れば隣にいる子って……」


「あー! あの子は二年前、モモちゃんと伝説のステージを飾った子じゃないか!」


「え、わ……私?」


 お客さんがソラちゃんのことに気が付いてしまったらしい。

 どうやら、みんなもあのステージのことを覚えているようだ。

 私にとっても印象深いステージだけど、お客さんが覚えてくれてるのは嬉しい。


「おお! ソラちゃんの記念すべき踊り子デビューの日じゃな。あの時は歌とダンスが調和した、見事なステージじゃった……」


「一緒にいるってことは、またコンビでショーでもするのかっ!?」


「うおおお! モモソラ最強! モモソラ最強!」


「い、いや私たちは冒険者として一緒のパーティを組むだけで、別にショーに出るわけじゃ……」


 確かにソラちゃんとはこれからも同じステージに立ちたいけど、それはあくまで冒険者としてであって……。


「むっ! いいことを思いついた!」


 年長のお客さんが、何か閃いたようだ。

 ろくでもないことを企んでいそうな気がする……不安。


「冒険者としての活動しかしないなら、ワシらが依頼を出せばいいんじゃー!」


「おお! ナイスアイデアだ!」


「それなら合法的に二人のステージを見れるってことだな!」


 冒険者ギルドの依頼は、ギルドが出すものと、民間人が出す二つがある。

 後者は申請の際に依頼者が報酬を用意しなきゃいけないから、それなりにお金がかかるはず。

 だから民間人の依頼は報酬の安い低ランクのものが多い。

 特定の薬草採取なんかは、道具屋がギルドに申請しているものもある。


「み、みんな落ち着いて。冒険者ギルドへの依頼申請って結構高いんだよ?」


「元々投げ銭してたから問題ないぜー!」


「金を投げる先がモモちゃん本人から、冒険者ギルドを経由するようになっただけだー!」


「よし、みんな! 明日にもモモちゃんたちを名指しで依頼を出そう!」


「おおー!」


 お客さんの熱は収まるどころか、むしろ激しくなる一方だった。

 私たちはなんとか説得を試みたけど、結局その熱は閉店時間まで続いたのだった。



 ◆◇◆◇◆



 翌日――



「受付のお姉さん、私とソラちゃんの二人でパーティを組みます。これ、申請用紙です」


「とうとうモモちゃんもパーティを組むんですね。おめでとうございます」


「てへへ、二年間ソロでやってきたから、ようやくって感じです」


 ソラちゃんはかつてパーティに所属していたけど、私はその経験は全くない。

 だからパーティのリーダーはソラちゃんにしてもらおうって思ってたんだけど……。


「パーティリーダーはモモちゃんですか。ふふふ、可愛らしいリーダーさんの誕生ですね」


「何をしたらいいのか、全然わかんないけど……。ソラちゃんが私の方がいいって」


「私は口下手だからリーダーなんて向いてないもの。こういうのは明るくて人懐っこいモモの方が向いてるわ」


「えへへ……褒められちゃった」


「じ、事実を言っただけ。褒めてなんかないわ」


 ふふ、そういうことにしておこうっと。



 受付お姉さんは申請書に目を通した後、書類にサインをして言った。


「はい、確かに受理しました。これからお二人はパーティです、頑張ってください!」


「わかりましたー! いっぱい、いっぱいいーっぱい頑張りまーすっ!」


「Aランクの名を汚さないよう、精一杯努力します」


 これで正式に私とソラちゃんがペアになった。

 今日は新たなスタートを迎えた、記念すべき日だ。



「ところでお二人に名指しで依頼が来ているのですが」


「さてと、パーティとして最初の依頼を受けよっか。ソラちゃんはどんな依頼がいい?」


「そうね、Aランクの依頼にどんなものがあるか確認しましょうか」


 私たち、強くなったって言ってもこの前までFランクだったのだ。

 本格的な依頼もこなしたことがないし、慎重に判断しなきゃ。


「あの~。モモちゃん、ソラちゃん? お二人に民間から依頼がありますよ」


「スキルの確認もしたいし、弱い魔物の討伐依頼にする?」


「でも、下のランクの依頼って受けちゃ駄目なんじゃなかった? そうなると、個人的に狩るしかなさそうね」


「Aランクになって依頼を受けなくていい期間も伸びたし、まずはそっちに集中するのもありだよね~」


 私たちのジョブが、どこまでやれるのか。

 それを確かめるためにも、練習は必須だろう。

 やることがいっぱいあるなぁ。これは忙しくて、名指しの依頼を受ける暇もなさそう!



「お二人とも……! 依頼があるから受注してください……!」


「はい……」


「観念するしかないわね……」


 結局、受付お姉さんの圧に押されてしまい、酒場のみんなが出した依頼を受けることとなった。

 内容は『二人の演技を噴水広場で見たい』とのことだった。


 噴水広場って、この街で一番大きな場所だよ!?

 もしかして私、街中の人が見てる中で踊ることになっちゃった?


「わぁぁん! こんなの、私が思ってた冒険者と違うよぉぉ!」


 こうして私たちパーティの初ライブが決定した。

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