第5話 聖女、勇者に出会う
スイザン都市連邦側の関所。エレーヌは意を決して衛兵に声をかけた。
「こんにちは」
「入国希望者ですか?」
「はい」
「身分を証明するものはありますか?」
衛兵の態度は腰が低すぎてエレーヌは内心、拍子抜けしたが、白金銘板や身元保証状など全ての身分証や書類を提示する。
「聖女様ですか。…これは、身元保証状…しばらくお待ちください」
白金銘板を物珍しそうに見つめていた衛兵は詰所に戻って伝声管で報告している。
エレーヌは、衛兵の案内で本部に連行される。エレーヌはブロワ王国から異端者手配をされていた為、入国は難しい状況ではあったが、スイザン都市連邦は、クロウ枢機卿や領主発行の身元保証状により、ブロワ王国の異端手配は政敵抹殺が理由だと判断されて入国を許可した。
エレーヌは国境の街マウリスからロザーヌに馬車で移動してとある教会を訪ねた。これは領主の指示だった。
「貴女は…!」
対応したルーク司教は、ブロワ候の進軍時に出会った時とは異なり、すっかりやつれて変わり果てたエレーヌの姿を見て驚いた。
「さ、入って」
エレーヌはロザーヌの小さな教会に匿われた。
「エレーヌ殿。私の助手をお願いしたい」
「はぁ」
エレーヌは力ない返事を返す。
「私は婦人科と産婦人科医でもありますので、聖女様の治療にもお役に立てますぞ」
「ありがとうございます」
「まずは、干しブドウでも食べて疲れを取って」
「はい…」
エレーヌはルーク司教の助手という事にしてもらった。
「ここは街の名前こそフリア風ですが、ゲルム風にした方がいいですね」
エレーヌはヘレーネ ヨゼフィーナ セフリートと名前を変えた。住人登録も白金銘板と身元保証状のおかげですんなりと済んだ。
手始めに、生理痛に悩む女性達から浄化魔法で新鮮な経血を吸い上げる。
「わあ。ヘレーネさん。ありがとう!凄く楽になったわ!」
こうしてエレーヌから名を変えたヘレーネ自身の治療と聖女の力を取り戻す日々が始まった。ついでにお代は安くても差し入れや寄進などから現金収入が得られるようになり、教会の財力アップにも貢献した。体力と魔力はひと月程で回復したが、ヘレーネの容体は、狂化の進行を食い止めているだけに過ぎず、聖女の力を行使するのは無理な状況が続く。
「一体どうしたものか…」
ルーク司教は頭を抱えた。
そんなある日。ルーク司教は、オストリアの勇者の話を信徒の商人から聞いた。
「なんでも、勇者は、異世界から召喚された少女だとか」
ルーク司教は閃いた。
「その勇者の方と連絡が取れませんか?」
「やってみましょう」
しかし、オストリアの勇者は勅命による作戦行動中だった為、連絡が付かなかった。
「司教様。め、面目ない…」
「そんな事はありません。時期が悪かったのです」
ルーク司教は商人を労った。しかし、心の中ではかなり焦っていた。
雪解けの季節がやって来た。オストリアの勇者は相変わらず多忙らしい。
ロザーヌに花が芽吹く頃、ルーク司教はバルド人の勇者の噂を耳にする。バルド人はバルド海沿岸に住んでいる少数民族だった。ルーク司教は、商人や教会のツテではなく、冒険者ギルドに依頼してバルド人勇者との接触を試みた。
「バルド人勇者様との接触ですか?」
ルーク司教から依頼を受けたギルマスは険しい表情で言った。北部大陸にある王都ギルドからの緊急通達でこの勇者の存在自体は知っていたが、特定のギルドなどに所属している訳でもないので、さすがに所在まで知っている訳ではなかったからだ。
「冒険者ギルドといえども勇者様の所在を常に把握している訳ではありませんので、各ギルドに所在確認を照会してから依頼を出すという手順を踏まなければなりませんから、費用もそれなりにかかりますよ?」
「西の果てや東の果てまで出す必要はあるのですか?」
「それもそうですねぇ。まずは最初のギルドから追跡してみましょうか」
「それでお願いしたい」
「分かりました。依頼内容はどのようにしますか?」
「聖女に会いに来て欲しい。というのは可能でしょうか?」
「そうですねぇ…。勇者への依頼は、原則として指名クエストになりますので可能ではありますが、曖昧な依頼は避けた方がいいですね。別途、詳細な依頼を明記するのも必要ですし。それから、ちょっと申し上げにくいのですが、勇者様への報酬はともかく照会手数料や依頼料はそれなりにかかります」
「どの位かかりますか?」
「照会手数料はギルド一ヶ所につき小銀貨3枚、依頼手数料は勇者様への報酬の二割です」
「ううむ。報酬か…教会の財力を鑑みると、中銀貨以上は、まとまった報酬を提示するのは難しいかもしれん」
ルーク司教は腕を組んで考え込んでしまった。実は勇者を呼ぶ事で頭がいっぱいで報酬の事までは考えが回っていなかったのだ。
「…手数料は、教会への寄進として、私が出しておきましょう。妻やうちの従業員も格安でお世話になっていますし」
「申し訳ない」
バルド人勇者の所在もすぐに掴めたので、ルーク司教はギルマスの手を借りて何とか依頼を出す事ができた。
ラーフランド王国。王都スターデンにあるギルド。ギルマスの部屋。俺はクエストの都合で何度もラーフランドに戻ってしまっていた。スターデンのギルマスは頭を抱えていた。そんな時魔導書に魔導通信が入る。
「フェリア殿。たった今、緊急の指名クエストが来ておりますぞ。運のいい方ですな」
「どこから?」
「依頼主はルーク司教。ロザーヌの教会からですな…」
「ロザーヌってどこ?」
「ロザーヌは中部大陸の山の中にある都市連邦国家スイザンを形成する都市ですな」
「うわ。めっちゃ遠い…」
俺は壁に貼られている全大陸地図を確認する。大きな地図だが範囲が広すぎて非常に細かい字で書かれている。少女になってしまったが、老眼が解消されてよかったと心底思う。
「しかも、依頼内容は、大至急聖女に会って欲しい。報酬は要相談…となっておりますな」
例のない依頼内容にギルマスは困惑しているようだ。
「今度こそ、出戻りにならずに済むかもね」
「しかし、教会からの依頼で報酬は要相談というのがどうも納得出来かねますなぁ。ロザーヌのギルドは何を考えているのか?」
「教会にお金がないんじゃないの?」
「それも一理ありますが、お金にがめつい教会もありますからなぁ」
「聖女は勇者みたいに冒険者登録をしているのかなぁ?」
「それなら、調べてみましょう」
ギルマスは魔導書を使って魔導検索する。
「ありましたぞ」
俺は、聖女の情報を見た。
「この依頼は今すぐ引き受ける。地図はある?」
俺は王都のはずれの森まで歩いて行く。ここならいいか。マギアチェストを現し、橇を引き出す。
「バレーレヴォルケ」
橇に浮遊結界魔法を仕掛ける。俺は橇に乗って橇を空中に浮かせて空を飛ぶ。橇を引っ張るトナカイさんはいないけれど。サンタクロースじゃないから問題なかろう。空中に関所はないので風さえ気を付ければ楽ちんだ。
それにしても、ギルマスすら見れない情報とは何なのか。俺は白金銘板をかざして隠蔽情報を見る事ができたが。ふむ。こういう事か。
この大陸は広い。俺はようやくスイザン都市連邦の領域に達した。
と、言えば聞こえがいいかもしれないが、各地のギルドにお呼びがかかったりして直線コースは無理だった。すんごいジクザクコースの終点がロザーヌだった。抜け目ないギルマス達のおかげというべきだろうか。経験とお金は稼げたけれど。
ロザーヌのギルマスに道順を教えてもらって教会に着いたのは夕方近くだった。これから祈祷会が始まるのか人が多い。俺も紛れて中に入る。
着席してしばらくすると浄財集めに農民風の覇気のない金髪少女が籠を持って席を回って歩く。やがて、俺のところにも来た。
「ラーフランドから飛んで来た勇者だ。聖女に会いに来たとルーク司教に伝えてもらいたい」
そう言って小銀貨一枚を入れようとしたが制止された。
「お待ちしていました。勇者様。私について来て下さい」
俺は彼女の後について行く。教会の奥に通されて司教と思しき男性と引き合わされた。
「司教様。勇者様がお見えです」
「おおっ!貴女が⁉…申し訳ないが、これから祈祷会なので、一時間程、待って頂けないでしょうか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「ありがとう。ヘレーネ。せっかくだから話を聞いてもらいなさい」
「はい」
司教はいそいそと部屋から出て行った。
「こちらにお座りください」
農民風の少女はソファーに腰掛けるように言った。
「こんばんは。私が聖女のヘレーネ ヨゼフィーナ セフリートです」
農民風の少女は聖女のヘレーネだった。ヘレーネは白金銘板を私に差し出した。
「失礼。俺は勇者のルーメア フェリナだ。よろしく」
俺も白金銘板を出してヘレーネと交換してお互いの情報を確認し、返却する。
「名前がゲルム風に変わったようだけど?」
「ええ。最初の名前は、エレーヌ ジョゼフィーナ セフリアンでした」
「なるほど。ギルマスでも訂正前の情報は閲覧できなかった。この白金銘板をかざして情報を読み取った」
「そうでしたか」
ヘレーネは少し表情を緩ませる。
「で、どのようなご用件なのかな?」
「はい。聖女の力が戻らず、困っているのです」
ヘレーネは、聖女の力を使った場合、浄化魔法で清浄の血である女性の経血を吸い取って回復させる必要があるが、知識不足とフリアでは戦場にいた事も相まって、戦死者などから流れ出た不浄の血を吸い取っていた為に聖女の力が狂化されてしまい、今は女性の経血を吸い取っても狂化の進行を食い止めているだけの状態であり、もしかしたら異世界召喚された勇者の経血なら効果があるのではないかと考え、俺を呼んだと話した。
「ふーん。浄化魔法や回復治癒魔法では、狂化を治せないの?」
「…そ、そういうのもありますかね…?」(そんな手もあったの?でも、私は発動しなかった)
「うん。たぶん。それから月経の事だけど、最近下腹部が張って調子悪いなぁと思う時があるから、多分、もう月経の時期なのかもしれない。でも、自動回復治癒でそういうのはすぐ収まっちゃうんだけどね」
「えーーっ⁉」
ヘレーネは驚きの声をあげる。
「へっ?いや、そんなに驚かれても…」
「あ、ごめんなさい…」
二人とも黙ってしまう。
「…まずは、俺が浄化魔法をヘレーネにかけてみようか?」
「はい。お願いします」
俺はヘレーネに浄化魔法を試す。机の上にあった砂時計を借りる。
「じゃあ、俺の手を握って」
「はい…」(温かい…)
俺の手を握ったヘレーネは今まで感じた事のない類の温かみを感じ取っている。これまで黒く蝕んでいたものが消えていくような感覚を覚える。
砂時計の砂が全部落ちた所で術をかけるのを止めて、砂時計をひっくり返す。こういうのはいっぺんに治すのではなく、何回かに分けて施すのが王道である。やがて、ヘレーネの顔に赤みが出て来た。
「調子はどお?」
「はい。黒く蝕んでいたものが消えて、だいぶスッキリしてきました」
「もう少しだな」
ヘレーネは笑顔を見せる。カワイイ女の子には暗い表情より笑顔が似合う。さらに何回か術をかけた所で瞳に光が宿った。
「どうかな?」
「はい。悪いモノは感じなくなりました」
「経過観察は必要だけど、もう狂化は治ったと思うよ」
「はい。ありがとうございます。…あのお、フェリア様の経血を吸い上げてもいいでしょうか?」
「うん。やってみて」
「はいっ♪」
ヘレーネは俺に浄化魔法をかける。回復治癒がかかっても残りを感じていた下腹部のぎこちなさはすぐに消えてしまった。
「終わりました」
「すぐ、終わっちゃたね?」
「血が少なかったからかもしれません」
「回復治癒で血が無くなっちゃったのかなぁ?」
「月経は病気ではないので、回復治癒はあまり効果がないと思うのですが。まあ、痛みは治まるでしょうけれど」
「ほぇ~」
「クスクス。でも、少し力を感じます」
「それは良かった」
俺はロザーヌにしばらく滞在する事にした。やはり、ヘレーネの狂化現象が完全に治癒し克服している事を確認する必要があったからだ。それまでは聖女の力は使わないようにしてもらう。浄化魔法は聖女の力とは違うらしく使用は差し支えなかった。
俺はヘレーネと一緒に教会に住み込む事になった。
「ルーメアちゃん。髪の毛はもっとしっかり洗わなきゃダメ」
「え~っ?」
「こんなにぼさぼさの人初めて見たよ?」
「最初からこうなんだけどなぁ…」
髪の毛を適当に洗った俺はヘレーネにバカ丁寧に髪の毛を洗われてボヤく。
「でも、不思議ね。こんなに太いのにつやがあって枝毛が全然ない」
ヘレーネは羨ましがる。ヘレーネは金髪だが髪が細く枝毛が生じている。個人差というより食生活や周囲環境の問題だろう。聖女の力が戻れば髪の毛も太くなると思うが。身長もおっぱいも俺より大きいのにねぇ…?この世界においては、俺より先に召喚されていたという事もあってヘレーネの方が一つ年上だった。
髪の毛が終わったら背中を洗いっこする。背中ならいいけど…。
「おいっ!ドコを触ってる⁉」
「いいじゃない。減るもんじゃないし…」
「言ったな?仕返しだ!」
部屋もベットも同じだった。小さな教会だから仕方ないけれど。
「エヘヘ。ルーメアちゃんあったかい♡」
聖女様に懐かれた。まあ、カワイイ娘だから悪い気はしないけどね。
様子を見ながら聖女の力を少しずつ使うようにする。いわゆるリハビリだ。幟槍の出し入れ、甲冑姿への変身から始める。無理のない程度にギルドからのクエストもこなして行く。
経過は順調で、俺は全力を出しても大丈夫だろうと判断した。しかし、そんなある日、事件が起きる。
白昼堂々、ヘレーネは暗殺集団に襲撃された。ヘレーネは甲冑姿に変身して応戦したが、相手は大人数の上全員手練れで聖女の力でも苦戦を強いられた。
ばちっ!しゅばっ!ドゴォ‼
「助太刀するぞぉ‼」
俺はドーラを発砲して何人かはその場で倒す。
「クソ。邪魔が入った。引き揚げるぞ!」
「逃がすか」
俺は再びドーラを発砲するが、仕留めきれず、襲撃者は逃げおおせた。
ブロワ王国による襲撃事件はロザーヌが危険であるという事を示していた。俺はロザーヌのギルマスと相談した上で、ヘレーネとパーティーを組んでロザーヌを離れる事にした。ルーク司教も同意してくれた。
「ルーメアちゃん。これからどこに行くの?」
ヘレーネは俺に質問した。
「奴らを欺く為にちょっと放浪して、バルドに行こうと思う」
「うん。分かった♡」
「そんなにくっつかなくても」
「いいじゃない♡」
今度は二人旅になった。
完
銀髪村娘と砲金のドナーブッセ 外伝 異色の聖女 土田一八 @FR35
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