色のない物語

K.night

第1話 色のない物語

 色のない私の世界は、天気が良く読めない。だから天気予報には人一倍気を遣っているはずなのに、通り雨にやられてしまった。近くにあった、洋館の軒下を雨宿りに使わせてもらう。このあたりは人家しかない。まいったな、と空を見上げてみるも、長く降りそうかいまいちわからない。手足が冷える。


「入ってくか。」


 煙草の匂いがした。声をかけた人は買い物帰りだったようで、大きな袋を持って洋館の鍵を開けた。ここも人家だったようだ。


「すみません!」


「別にいい。ただこの雨は長くなるぞ。コーヒーくらいは淹れてやる。」


 申し出自体は優しいのに、言い方は尊大だ。しかも男性。入るのを悩んでいるとその人はそのまま洋館に入ってしまう。


「お、お邪魔します。」


 少し考えて背に腹は変えられないと、入らせてもらった。洋館は天井が高く、外寄りは少しマシなくらいの温度だった。煙草の匂いと、珈琲の匂い、それともう一つ何かの匂いがする。四角い。キャンバスがいくつかあるのに気づく。近くで見つめると、この絵の匂いだと気づいた。


「ブラックでいいか?」


 煙草を咥えたその人が珈琲を持ってきてくれた。湯気が温かい。


「ありがとうございます。大丈夫です。」


「どうだ、この絵。」


「え、あ、すみません、私、生まれつき色が見えなくて。いまいち絵の良さとかわからないんです。」


「絵は色だけで味わうもんじゃない。」


「そうかもしれないけど、なんかちょっと悔しくて。」


 完全なものを味わえないのは。


「ちょっと待ってろ。」


 そう言って、彼は奥へと言ってしまった。手持ち無沙汰に珈琲を飲むと、温かいそれはとても美味しかった。


「昔書いた抽象画だ。」


 人を首の長い単純化した人が書かれている。髪の長い、恐らく女性。目が黒く塗りつぶされている。


「この人物は黒だ。黒い線。中は白い。」


 それはなんとなくわかる気がする。


「そしてその周りはすべて赤だ。血の色だ。」


 瞬間ぶわっと絵から匂いが立ち込めた気がした。鉄の匂い。血の匂い。


「あ。」


「どうした。」


「赤、がわかった気がしました。」


 その人はにやりと笑った気がする。


「ほら、味わえた。」


 雨の音はさらに強くなって、私はこの人に捕らわれた。

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色のない物語 K.night @hayashi-satoru

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