返事をした人間
三鹿ショート
返事をした人間
同窓会など、参加するべきではなかった。
それなりに親しい友人から誘われたために足を運んだのだが、その友人は私とは親しくない人間たちと談笑してばかりで、私はぽつねんと酒を飲むことしかできなかったのだ。
このまま残っていたとしても時間の無駄だと思い、私は帰宅することにした。
会場の外に出たところで、背後から声をかけられたために、振り返る。
其処には、笑みを浮かべた彼女が立っていた。
聞くところによると、彼女もまた、あまり愉しむことができなかったということで、帰ろうとしていたらしい。
彼女とはそれほど親しいわけではなかったが、駅まで並んで歩くことにした。
だが、特に話すこともなかったために、無言で歩を進めるばかりだった。
やがて、駅が見えてきた頃、不意に彼女が口を開いた。
「本当のことを言うと、同窓会に参加して良かったと思っているのです」
では、どのような理由なのだろうかと首を傾げていると、彼女は私の進行方向へと移動した。
そして、私に聞こえるような声量で、告げてきた。
「あなたと再会することができましたから」
顔が赤く見えていたのは、酒が原因だと思っていたが、そうではないということなのだろうか。
私がどのような言葉を返そうかと考えているうちに、彼女は苦笑を浮かべると、私に手を振りながら駅の中へと消えていった。
私は、その場から動くことができなかった。
***
彼女が私に対して特別な感情を抱いていたとしても、何が理由だったのだろうか。
私と彼女には同じ学校に通っていたということくらいしか、接点が無かった。
ゆえに、何が切っ掛けで私を特別視するようになったのかが、まるで分からない。
しかし、私が分からないだけで、彼女だけが知っていることが、理由なのかもしれなかった。
私は彼女に対して特別な感情を抱いていないが、これは、好機だと言うことができるだろう。
これまで私は、誰かと恋人関係を築いたことが一度も無かった。
自分でも面白みが無い人間だと理解しているために、人生において特別な関係を築くことができる人間が現われることはないだろうと思っていたのだ。
だが、彼女が私に対して好意を抱いているのならば、私が彼女の想いに応えることで、私は人生で初めての恋人を得ることができることになる。
たとえ、今の私が彼女のことを愛していなかったとしても、共に過ごしていくうちに、気持ちも変化することだろう。
打算的ではあるが、彼女が幸福と化し、私も恋人を得ることができるのならば、それで良いではないか。
そのように考えた私は、彼女に想いを伝えることにした。
勿論、私もまた、彼女のことを愛しているという内容の話である。
***
想像していた通り、私は彼女と交際するようになった。
彼女の仕事の都合で、会うことができる時間は限られていたものの、その時間において、我々は深く愛し合っているために、大きな問題ではなかった。
この調子ならば、結婚も近いことだろう。
***
出張が理由でしばらく会うことができなかったが、それが終了すると、彼女を驚かせようと思い、私は彼女の自宅へと向かった。
しかし、合鍵を使って内部に入った私は、違和感を覚えた。
何故なら、明らかに彼女のものではない靴が存在していたからである。
知り合いが来ているのかと考えながら奥へ進んだ私は、自分がどれほど脳天気な思考の持ち主であるのかと思い知った。
私以外の男性と身体を重ねていた彼女は、私の姿を認めると、目に見えて動揺した。
彼女の隣で横になっていた男性は、顔を顰めながら私に近付くと、何者かと問うてきた。
彼女の恋人だと告げると、男性は、自分もそうだと答えた。
どういうことかと、私と男性は、揃って彼女に目を向ける。
その視線に耐えることができなかったのか、彼女は寝台の上で、土下座をした。
***
いわく、彼女は異なる同窓会に参加するたびに、一人の男性に唾をつけていたらしい。
何故そのような行為に及んだのかと問うと、自分が孤独に生きることがないようにするためだということだった。
つまり、彼女は明らかに異性に縁が無さそうな人間に対して気があるような態度を見せ、それに引っかかった男性と恋人関係を築くことで、己が孤独と化すことを避けようとしたということである。
会うことができる時間が限られているということについては、他に交際している男性と時間が重ならないようにするためだということだった。
自分勝手な彼女に私は呆れたが、考えてみれば、自分も打算的に、彼女との交際を開始していたではないか。
それならば、私には彼女を責めることはできない。
ただ、事実が明らかになったからには、決めなければならないことがある。
「一人だけを選ぶのならば、きみは誰にするのか」
私の言葉に、彼女は少しばかり悩む様子を見せた後、返事をした。
***
今も私は、彼女の恋人だった男性たちとの交流を続けている。
彼女が、全ての恋人に対して特段の感情を抱いていないということが分かったために、関係を続けることができなくなってしまい、その傷を舐め合うことが、交流の始まりだった。
彼女に対して愛情を抱くようになっていたために、別れは悲しいものだったが、その代わりとして、私は同じ傷を持つ友人を得ることができたのである。
彼女が標的とした相手が異性に縁が無いような人間であるということは、我々は互いに似ているということになる。
そのためか、私は初めて、心を許すことができる友人を得ることができたのだ。
それは他の男性たちも同じらしく、共に外出し、食事をすることも多かった。
その点においては、彼女に感謝するべきだろう。
だが、彼女の顔は、二度と見たくはなかった。
返事をした人間 三鹿ショート @mijikashort
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