手を伸ばした先の青
カエデネコ
深く青を味わう
その夏の日は観測史上最高の気温だった。こんな日は誰も外にいないんじゃないかな。アブラゼミの声が耳障りほどに暑さを掻き立てる。
そんななか、女二人で海岸に立っていた。ドライブし、海を眺めている観光客ではなく、海にガッツリ泳ぎにきた。それも地元の隠れ家的な海だから誰もいない。
昨夜のことだった。
『明日休み?シュノーケリングしない?』
唐突に友人からそんな誘いがあった。保育園からの付き合いで、悪友と言っても良いくらいの仲。またなにを仕出かすつもり!?というくらい大胆な友人のため、私は電話に警戒した。この友人には武勇伝が数多くある。
『沖縄好きだって言ってたけど、シュノーケリングしたことあるでしょ?』
あるけど……と口ごもる。沖縄の海と日本海の海って違うんだよと思ったが、どんどん友人は話を進めていき、次の日、車で迎えに来た。
「おっと、コンビニで安い食パン買ってくわ〜」
「食パン?」
うんと頷く。お腹が減ってるのかもしれない。この友人なら、いきなり食パンの袋を開けて、そのままかじりだしても不思議に思わない。
着いたところは、地元の人しか知らない海岸だった。しかし私もよく知っている海の町だった。
「ほんとはこの町の人しかダメなんだ。内緒ね。仕事の先輩がこの町の人でさ、こないだ連れてきてもらって、楽しかったからさー、もう一回来たかったんだよね」
……ここで泳ぐの?
「いや、待って私、あんたよりこの町で顔知られてるから誰かに出会ったら、すぐにバレるけど?」
まぁ、でも、怒られはしないだろうと思った。むしろ『こんなとこで、なにしてんの!?アッハッハー(笑)』ってくらい爆笑されるかも。気さくで良い人が多い町なのだ。
よけいにいーじゃん。みつかったらフォロー頼むわと軽く流される。足ヒレを渡される。水中眼鏡もつける。シュノーケリング、嫌いじゃない。だからつい来ちゃった。来たからには共犯者か。
そう思いつつ、海に潜る。目の前の岩にくっついているのはウニ、牡蠣。思わず、ザバッと私は顔をあげた。
「めっちゃ美味しそうなんだけど?」
「専用の手袋してないと手、傷つくよ。後、許可もらってないからとったらだめ……って先輩言ってたわ」
……だよね。大人しく海の中を楽しもう。
ちなみに後日、この海の町の人に話をしたら『一緒に取りに行こうよ!』と誘われた私なのだった。
小魚が目の前をスイーと通り過ぎる。いた!魚たち!
「あ!パン、あげる!魚に食べさせると良いよ」
友人はパンをちぎって、まいていく。沈んでいくパン。魚をおびき寄せている。私にも1枚くれる。このための食パンだったのだ!
水中にもう一度入る。手に持っているパンに寄ってくる小魚たち。可愛い口でちょんちょんと食べていく。
「すごい!沖縄みたい!……魚の色は地味だけど」
沖縄で見たカラフルな魚たちとは程遠い。日本海の魚は白と黒、銀色、少し黄色味がかった魚たち。サンゴもない、岩だらけなんだけど、夢中でパンを食べてる姿は可愛い。
イテッ!噛まれたー!と騒がしい友人を置き去りにし、しばらく海中でユラリユラリ波の動きに揺られながら、ジッと見ていた。
「良いでしょ?」
海中から顔を出すと、どこか勝ち誇る友人が私を見ていた。
「うん!来て良かった!」
海の底の色は濃い海の色。グルリと体を反転させるて水中から太陽を見る。差し込む光の部分だけ白い光の色。手を伸ばす。掴めない青色。
この瞬間の海の色は忘れたくない。記憶に焼き付けておきたい。いつまでもいつまでも。
「おーい!帰りに温泉寄ってこ〜!後、アイスも食べよー!」
一人の世界に浸らせない友人の声がする。昔から騒がしいんだよねぇと苦笑しつつ、ハイハイ、わかったよと返事をした。髪から海水が滴る。少し水中眼鏡を直す。
さあ、もう一度潜って海の色を味わおう。
コバルトブルー、セルリアンブルー、アズールブルー、ターコイズブルー、水色、天色、浅葱色、群青色、藍色、瑠璃色……ここにはいろんな青が溢れている。
深く深く眠りにつくように、自分の青を味わおう。
手を伸ばした先の青 カエデネコ @nekokaede
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